モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下2-3

2-3

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

――信じるに値しないメールを鵜呑みにする馬鹿は、皇龍にいらない。

 

今朝登校した皇龍総長、日暮俊也の一言は瞬く間に学校中を駆け巡った。

自身の影響力を見越しての発言だったのだろう。

日暮さんの効果は絶大で、昼休みが終わるころには結衣を悪人として話すやつはいなくなっていた。

次に起こったのは、誰がどう結衣を悪く言ったか、言っていないかというくだらない言い合いだった。

率先して結衣に野次を飛ばしていたという女子が、俺のクラスにもいたらしい。

今はそいつが教室内で非難を受けている。

昼休みに二人、第二体育館で過ごしたときも、あいつはいつもと変わった様子を見せなかった。

あれだけの敵意に晒されながら、反撃もせず大人しくしていた結衣におかしなところはないようだ。

それが逆に、危うくも思えた。

弱みを見せずにひょうひょうとしているこいつの限界は、もしかするともうそこまで来ているのではないか。

本人の自覚はなくても確実に、ストレスは蓄積されているはずだ。

発散する手立てがないこの状況。

もしもこいつが何かのはずみで爆発しても……。

 

俺には止めることはできないぞ。――武藤。

 

 

 

小雨は朝から止まず、午後になって激しさを増した。

放課後の教室には俺以外の生徒は誰もいない。

どんよりとした薄暗い教室で、サボった分の数学課題を終わらせる。

容赦ない量の問題数だが、50分もかからないので授業に出ているよりも拘束時間は少なくて済む。

しかも本日中に提出すれば授業に出席した扱いになるのだから、ありがたいものだ。

こういうところで、この学校は緩い。

問題を解き終えたプリントとカバンを持って、教室を出ようとしたときだった。

 

「――あ、あの。水口、君」

 

向かったドアを塞ぐように、女子生徒が4人廊下から顔を出した。

 

「あのね、下駄箱に下靴があったから、まだ帰ってないんだろうなって思って来てみたの」

 

ストーカーか。

昇降口の下駄箱は、学籍番号が記されているだけで名前は貼り出されていない。

生徒の番号は調べようと思えばいくらでも方法はある。

だが、俺の学籍番号をわざわざ調べて、下駄箱を確認する見ず知らずのやつをストーカーと称しても間違いではないはずだ。

さらには自分でそれを暴露するとは、こいつら馬鹿なのか。

それともそこまで考えないだろうと俺を馬鹿にしているのか。

どっちにしろ、不愉快極まりない。

俺の心情など察することなく、道を塞いだ4人の先頭にいる女が話し出す。

 

「あの、実は高瀬さんのことで話があるの」

 

――ああ。

この顔ぶれ、昨日結衣の隣で昼を食べていたやつらの一部か。

そして先頭の女は、かつて第二科学室で結衣によって見事にぼろを出したやつと声が同じだ。

 

「俺には話すことはない」

 

こいつらがどこの誰か分かったところで、俺が話を聞く必要性はどこにもない。

気にせず廊下に出ようとしたら、後ろにいた3人がたじろいで後退する。

しかし先頭の女が必死な形相で俺の前に立った。

 

「み、水口君って高瀬さんと知り合いなんでしょ!

ひょっとして、ゴールデンウィーク明けに高瀬さんとあたしが喋ってたのを聞いたのも、水口君なんだよね。

あの時のこと、誤解を解いておかなきゃって思って……。あたし、高瀬さんに脅されてあの教室に連れて行かれたの。

ああいう風に言わないと、あたしのおかしなうわさを学校中に広めるって高瀬さんに言われて――」

「うぜえ」

 

まくし立てて喋る女に嫌気がさして、横を通り過ぎようとした。

 

「お願い信じて! あたしは悪くないのっ!」

 

女が後ろから腕にすがり付く。

いい加減にしろ。

 

「触るな」

 

上目遣いの女に冷たく言い放てば、息をつめて腕は放された。

悪くない? それは何を基準にしての「悪」だ。

そもそも結衣は自分が「善」だとは、微塵も思っていないだろう。

スマホをズボンのポケットから取り出して操作する。

『ええっと、なんだったっけ』

『だーかーらっ、津月さんのこと! 高瀬さんボケ過ぎだよ!』

あの日の音声を再生すれば、女はみるみる青ざめた。

 

「俺はあいつほど甘くない。次俺の前に顔見せたらこの会話、皇龍に提出するぞ」

 

女に付いて来た3人の女子生徒は、戸惑いを隠しきれず互いの顔を見合わせている。

時間の無駄だ。

女子生徒の間を抜けて廊下に出る。

 

「お願い待って!」

 

しつこい。

 

「どうして水口君みたいな人が、高瀬さんなんかの味方なのよ! どう考えてもおかしいじゃない!」

 

……何がどうおかしいんだ。

おかしいと断定できるぐらいに、この女は俺を知っているのか。

過去に魔女と呼ばれた結衣を、理解しているのか。

俺は結衣の見方ではない。だが――。

 

「俺はお前らより、高瀬結衣を知っている」

 

あいつがどんな女のか。

結衣は降りかかる災難をしかるべき所へ押し付けることは、いくらでもやらかす。

だがあいつは自分から向かう相手に対しては、必ず自身で相対する。

他人に任せるまねはせず、自分自身で表に立って。

言動に対する責任を誰かに肩代わりさせることも、分担させることも決してしない。

たとえ、あいつが仲間と呼ぶ連中であっても。

――それが、俺の知っている高瀬結衣だ。

ひとりで俺と対峙出来ないようなやつが、友達と言いながら、そいつらに責任をなすりつけるようなやつが――、一体結衣の何を語れる?

 

「てめえなんざ、あいつの足元にも及ばねえよ」

 

言い捨ててそのまま歩き出す。

まだ話しかけてくるのならあの会話を皇龍へ提出しようと決めたが、杞憂に終わった。

だから俺は後ろで、先頭に立っていた女――原田が唇を噛みしめて拳を震わせていた姿を、見ることはなかった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

続く


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