モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下2-1

2-1

 

 

 

周りがこちらをどう見てこようが、わたしたちは普段通りに過ごすことを心掛けた。

騒ぎを避けるためにマヤと別行動をとってしまったら、それこそわたしの皇龍に対するうわさを認めたようになってしまう。

 

「津月さん、そんな子と一緒にいていいの? 三國さんの彼女ならちゃんと友達選ばないと」

 

授業の間の10分休憩に、原田さんが突っかかってきた。

とうとう来たか。

ため息交じりでむっとしたマヤを制止したところ。

 

「上のひとが事実と断定してないことで、とやかく偉そうに抜かしてんじゃねえよ」

 

――と、わたしの代わりにクラスのやんちゃ系金髪男子が反論してくれた。

名前は確か、榎本君だったか。

思わぬところからの反撃に原田さんは悔しそうに唇を噛んで、すぐに大人しくなった。やたらと聞き分けがいいな。

 

「榎本君は皇龍に所属している人よ」

 

小声でマヤが教えてくれた。

榎本君はその後何事もなかったかのように、男友達と窓にもたれて話している。

これは、助けてくれたとみていいのか?

昼休み、マヤが一緒に昼食をと誘ってくれたのは断った。

どうせ行くところは人のいない場所だし、マヤが恋人と昼を一緒しているのは有名な話だ。

普段と違う行動は敏感になっている周囲を刺激しかねない。

弁当の入ったカバンを持って、ひとり教室を出る。

昇降口で靴を履き替えているとき、階段から原田さんたちが降りてきた。

7人ほどのグループは、全員手にカバンやコンビニの袋を持っていた。

わたしが下駄箱の前で止まっていると、距離を置いたところで彼女たちも足を止めて世間話に花を咲かせる。

無視してそのまま外に出ると、後をつけてきた。

……面倒なことになった。

 

――たまには外で食べようと思っただけ。

――別に高瀬さんに付いてきてるわけじゃないし。

 

なぜ行く先が同じなのかなんて馬鹿正直に聞いたら、屁理屈で返されるのは分かり切っている。

このままいつもの第二体育館へ行くのは気が引ける。

後ろの連中に、あの静かな場所を壊されたくない。

毎日のくせで第二体育館に向かおうとしていた足は途中で止めた。

以前マヤと昼食を食べた場所が開いていたので、そこに腰を下ろす。

原田さんたちも、10メートルほど手前で輪になって座りだした。

皇龍のこと、マヤのこと。

こちらを見ながらにやにやと聞こえるように話す彼女たちに、弁当の味を持っていかれた。

いや、もともと薄味なんだけど、耳障りな声に食べ物を味わう気が失せる。

あのときマヤはよく教室で昼を過ごしたな。

改めてすごいと思う。

弁当を食べたらすぐにでも移動しよう。

 

「なにしているんだ、こんなところで」

「あ」

 

頭上の声に顔を上げたら、凍牙が見下ろしている。

こんなに至近距離にいたのに、気付かなかった。

 

「あそこには行かないのか?」

 

凍牙は第二体育館に向かう途中だったのか。

眼球を動かして、目だけで原田さんたちの事情を伝えた。

 

「――ああ」

 

納得した凍牙はひとりでいつもの階段に行くのかと思いきや、わたしの隣に腰を下ろした。

視界の端で原田さんたちが驚いているのが微かに見えた。

 

「付き合わないでいいよ。わたしの被った面倒事だし」

「話しかけたところを見られた時点で、ああいうのはあることないこと騒ぎ出すんだろ。

ほっとけばいい。それにあんなうるさそうな連中に、あの場所を知られるのはごめんだ」

 

あ、それは同意見。

興味津津な視線を向けてくる原田さんたちを気にせず、凍牙はコンビニの袋からパンを出して食べ始めた。

――皇龍にまとわり付く女は水口凍牙と知り合いだった。

彼女たちはここから、わたしに対してどんなマイナスイメージを持ち出すのだろう。ちょっと知りたくなってきた。

 

「これだろ」

 

凍牙はスマートフォンを出して、今朝マヤに見せてもらったものと同じ文章を見せてきた。

 

「文面と写真の女の表情が噛み合ってないが。この写真、昔のお前を知っているやつが見たら顔面青くして『頼むから何もするな』とすがり付かれんじゃねえの。

どう見てもお前の逆鱗に触れる一歩手前だろ」

 

……言いたい放題だな。

 

「どうやらこの高校の皆さんには違うように見えるみたいだけどね。これ、バイト先に知られたらひょっとするとクビかもしれないし……」

「そういやお前のバイト先ってどこなんだ?」

「駅近くのバーガーショップ」

 

前に言ってなかったかな。

 

「たまに利用するが、お前、いるか?」

「主に裏でミートを焼いてるから」

「今日もあるのか?」

「うん。6時から夜の11時まで」

 

本当は今日、日直をするはずだったので、開始時間が遅くなっている。

ウインナーパンを食べ終えた凍牙が立ち上がった。

 

「仕事終わり、家まで送る」

「……は?」

 

何を言っているのかこいつは。

 

「さすがにこれでお前に何かあったら後味が悪すぎる」

 

言うだけ言って、凍牙は返事を待たずに校舎のほうへと消えていった。

え? 今の本気で言ったの?

見返りとか要求されても、もう絶対弁当なんて作らないよ。

何が狙いだ? 一体わたしをどうしたいんだ。

中学2年からそれなりに一緒に過ごした仲だが、今までで一番凍牙が分からなかった。

 

凍牙の登場以降大人しかった原田さんたちは、あいつが去った後も静かなままだ。

きっと混乱しているのだろう。わたしもわけが分からない。

昼食を早めに切り上げて教室に戻っても、原田さんたちがわたしに倣うことはなかった。

 

 

放課後、教室で時間を潰してからバイト先へ向かう。

街中を歩いていると、こちらを見てこそこそと何かを言っている集団にいくつも出くわした。

気にせず堂々と歩いていれば、話しかけてくることもなかったのでほうっておく。

怯えて挙動不審にでもなったりしたら、それこそリンチコースまっしぐらだ。

バイト先ではスタッフたちから明らかに侮蔑した目で見られた。

不幸中の幸いは、今日出勤しているスタッフがみんな年上で、大学生以上の人たちだったことだろう。

わたしに取った対応は、大人なものだった。

冷たい態度はされても仕事は仕事と割り切っているようで、バイト中はいつも通りに動くことができた。

23時5分。

深夜から早朝にかけてのバイトの人と交代し、仕事が終わった。

調理場の奥にあるスタッフルームで私服に着替えて、制服をカバンに詰め込む。

裏口から外に出て、店の表側に回ると――、本当に凍牙が待っていた。

店内の入口が見えるテーブルでドリンクを飲んでいた凍牙は、わたしを見つけると椅子を立った。

ゴミ箱にドリンクのカップを捨てて、そのまま店から出てくる。

立ち尽くすわたしの横を通り過ぎて、店の中から完全に見えない位置で止まって振り返った。

顎で「早く来い」と示される。

躊躇いはあったし、ここまで来てくれたのは好意――なのかも不明だ。

だけどわたしを思ってしてくれていることを無碍にするのもどうかと考える。

どれだけ迷っても結果は同じだ。

わたしは小走りで凍牙に近付き、隣に並んだ。

そして今優先して気にしなければならないのは、わたしの身の安全でも何でもない。

 

「何制服でこの時間に歩きまわってるのさ」

 

これじゃあわたしが私服に着替えた意味がない。

 

「周り見てみろ。ここでいちいち補導していたらキリがないだろ」

「繁華街はそうかもしれないけどね。住宅地でパトロール中のお巡りさんに見つかったらどうすんの。生贄にして逃げるよわたし」

「繁華街も住宅街も、この街にある以上は皇龍の縄張りだ。多少のことなら目をつぶるだろ」

 

さも当然のように言ってきたが、ここは納得していいところか。

警察の仕事にも介入できるって、わたしひょっとして皇龍ってチームを甘く見過ぎているのか?

歩道を歩くわたしに向けられる視線は、夕方に比べると遥かにとげとげしいものになっている。

だけど誰も声をかけてこないのは、どう考えても隣を歩く凍牙のおかげなのだろう。

駅前大通りからわたしたちの通う高校が見えてくるのを合図に、繁華街は終わって住宅が多くなっていく。

道に座り込む若者の姿もなくなり、外灯が薄暗く照らす道には喧騒が消えた。

 

「なんで、迎えに来てくれたりしたの?」

 

疑問は早いうちに解決しておきたい。

もしも今日、ひとりでマンションまで帰っていたとして、途中でトラブルに遭遇しても凍牙が気に病む必要はない。

マヤと一緒にいるのも、原田さんと因縁を作ったのも。

皇龍の幹部と接触してしまったのだって、全てわたしの行動によって引き起こされたことだ。

結果何があっても責任を被るのはわたしだし、凍牙がわたしの尻拭いをする理由なんてどこにもない。

 

「明確な線引きだな」

「何が?」

「お前にとっての仲間と、それ以外の」

「……何が言いたいの」

「もしお前の横に立っているのが俺じゃなくてお前の仲間だったら、お前は何も言わずに無条件で甘えているだろ。

見返りも、利害も考えずに、ただ『仲間』という理由ひとつで」

 

……確かにそうかもしれない。

距離感なんて計らずに近付けて、損得勘定を外して付き合えたのは、わたしの生きてきた中であいつらしかいなかった。

――凍牙は友達であっても、仲間、じゃない。

 

「無意識かもしれないが、お前の中の線引きはこっちから見たらあまりにも分かりやすすぎる。昔のお前を知っていると、なおさらな」

「それは――」

 

当然だなんて、言っていいのか。

昼休みに居場所をもらいながら、散々手を借りておいて。

わたしは凍牙にあまりにも自分勝手にふるまいすぎてはいないか。

 

「罪悪感に付け入る言い方をするが、俺はお前らの仲間ではないからな。――今回の送迎の報酬は俺が決めてもいいか?」

「弁当以外で、わたしに出来ることなら」

「言ったな」

 

二人で学校の前を通る。

校内には人の気配はなく、非常口を知らせる緑の電気がよく目立っていた。

学校の敷地を通り過ぎてから、凍牙は口を開いた。

 

「これから先、もしも俺とお前らが敵対するようなことになったら、俺の相手は結衣、お前がしろ」

「……………へ?」

 

言われたことを理解するまでに時間がかかった。

「お前ら」ってのは、わたしと、わたしの仲間のことだよね。

だけど今のわたしはあいつらと決別中で、この先昔のように戻れる保証はどこにもない。

戻れたとしても、何年後か、あるいは十何年後か。

それに、もしもなんて言ったけど、わたしたちと凍牙が敵対するなんて。

 

「そんなこと、あり得るの?」

「さあな。先の話なんざ俺も分からないが、確率はゼロじゃないだろ。

お前とあいつらが復縁するのも、俺がこの先どこかの集団に所属する可能性もだ。

そうなって万が一俺たちが敵同士になった場合の話だ。間違ってもあの精神的悪魔や脳筋鬼を俺に差し向けるな」

「……大魔王は?」

「論外だ。正々堂々お前が来い」

 

これは、頷いていいところなのか。

可能性がゼロじゃないというのは凍牙に賛同できる。

先のことなんて、誰にも分からない。

だからこそ今ここで承諾してしまって、分からない未来に枷をつけてもいいのか?
迷いはある。だけど――。

 

「分かった」

 

ここで約束するのが、わたしにとって凍牙に対する最大の敬意だ。

寂しさを埋めるために利用して、仲間の代わりのように見てしまいながら「そんな約束できない」なんてわたしには言えない。

「そんなことあってほしくないけど、その時はわたしが凍牙と相対する。

容赦も手加減もしない。

本気で混乱させて迷わせて、こちら側に有利になるよう引きこむから」

 

わたしの宣戦布告に、凍牙は不敵に笑う。

 

「やれるもんならやってみろ」

 

楽しそうで、嬉しそうだ。

本音を言えば、戦いたくない。

もしものことなんて、考えたくない。

自分で言っておきながら、最悪を想定するのがこんなに辛いなんて、思ってもみなかった。

その後は普段のわたしたちと同じく、互いに何も言うことはなかった。

雰囲気も、昼休みに一緒にいる時と何も変わらない。

大通りをそれて坂道を登り、マンションが見えたところで立ち止まる。

 

「あそこだから」

「ああ」

 

踵を返して、凍牙は登った道を下る。

 

「ありがとう。送ってくれて」

「気にするな。もうひとつ言っておくと、今夜お前を送るのを理由に皇龍からの召集を断れたからな。お互い様だろ」

 

…………。

……………………ん?

 

 

「はあ!?  んなこと聞いてないよ!」

 

なに今になって、さらっとぶっちゃけてんだこいつは。

 

「声を落とせ。こんな時間に近所迷惑だろうが」

「え、そこ? 損得勘定で帰り道散々わたしは悩まされたけど、あんたにも利益はちゃんとあったの?」

「そこまで勘ぐれなかったお前の負けだ。道中の約束は守れよ」

 

ひらひらと手を振った凍牙は道を曲がって見えなくなった。

やられた。

 

わたしの口げんかは勝ち負けとかそういうのではないけど。

もしもの場合、筋道通りに凍牙を動かせるのかものすごく不安になった。

 

 

 

続く


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