モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下1-3

1-3

 

 

6月に入って、中間テストが終わった。
 
 
テストの結果はまずまずだった。
 
 
勉強時間をバイトに当てたにも関わらず全教科平均点以上取れたのだからいいことにしよう。
 
 
季節は梅雨に突入し、毎日が蒸し暑い。
 
 
日中に真夏日並に気温が上がる日も出てきた。
 
 
わたしの住むマンションも暑さは変わらない。
 
 
クーラーは電気代がもったいないので現時点では窓を全開にしてしのいでいるが、これでは7月、8月がもちそうにない。
 
 
今は切実に、扇風機が欲しい。
 
 
わたしとマヤの関係は、大した変化もなく平和な日々が続いている。
 
 
先頭に立ってわたしをバッシングしてくるかと予想していた、原田さんのグループが大人しいままなのが大きな要因だろう。
 
 
散々コケにしていたマヤと今さら親しくするのが後ろめたいのか、もしくはプライドが許さないのか。
 
 
クラス内で話す人が増えたわたしとマヤも、原田さんとそのグループだけは距離が埋まっていない。
 
 
フレンドリーにとはいかなくていいけど、あの線引きの仕方はなんだか不気味だ。
 
 
小さなきっかけですぐにクラスの空気が一変してしまう。
 
 
そんな危うさが、今のクラスにはあった。
 
 
 
 
6月の第一月曜日。
 
 
出席簿でわたしの前の人が体調不良で欠席した。
 
 
おかげで本日その人がするはずだった日直は、前倒しでわたしに回ってきた。
 
 
しまった。予定がずれた。
 
 
今日は6限目が終わってすぐにバイトへ向かわなければいけない日なのに。
 
 
放課後黒板をきれいにして、教室の床をほうきで掃いたら、到着時間がぎりぎりになってしまう。
 
 
学級日誌は授業中に書けばいい。
 
 
1日の反省欄なんて1日が終わってなくても適当にいける。
 
 
こういうとき、都会のサバイバルは不便といえば不便なのだろう。
 
 
マヤがスマートフォンを貸そうかと言ってくれたが、バイト先の電話番号を覚えてないので断った。
 
 
知っていたとしても、ぎりぎり間に合うのなら連絡はいらない。
 
 
電話で人と話す行為は極力したくなかった。
 
 
早く終わってほしい事に限って、どうしてこうも望み通りにはいかないのだろう。
 
 
今日に限って、授業終わりのショートホームルームは長引いた。
 
 
吉澤先生が言うに、最近隣街の他校生の問題行動が目立っているから気をつけろ。
 
 
くれぐれもお前たちは触発されないように、とのことだった。
 
 
最後の号令とともに立ち上がって、学級日誌を吉澤先生に押し付ける。
 
 
 
眉間にしわを寄せられたが、受け取ってもらえた。
 
6限目が英語だったのが今ほど腹立たしく思えたことはない。
 
 
所狭しと書かれた文字を急いで消していく。
 
 
黒板を消し終わる頃には、クラスに残っている生徒の人数も10人ほどになっていた。
 
 
みんななにかしらの予定があるのか、速やかに下校していく。
 
 
掃除ロッカーからほうきを取り出して、床を掃く。
 
 
掃除当番が昼に一度掃除をしているので、そこまでごみは落ちていない。
 
床掃きは簡単に終わらせて、窓の施錠を確認。
 
全てが終わったところで、足早に昇降口へ向かった。
 
 
 
悪い事態は重なる。
 
 
校舎の階段を下りて昇降口に来たところで、自分に意識を向けてくる数人の男子生徒に気づいた。
 
その時点で嫌な予感はひしひしとしていたのだけど、思い過ごしを願って素知らぬふりをしつつ下駄箱で靴を履き替える。
 
 
「あんたって、高瀬結衣だよな」
 
 
そして、ガラス張りの玄関扉から外に出ようとしたところで呼び止められた。今日は厄日なのか。
 
紺色のネクタイをした男子生徒3人。同じ1年のようだ。
 
彼らのどうポジティブに捉えても好意的とは思えない、怒りを抑えた表情が癇に障る。怒りたいのはこっちだよ。
 
 
「ごめん。急いでるから」
 
 
男子生徒の間を走ろうとしたら、肩を強く掴まれた。
 
 
昇降口のほうへと引き戻す形で突き放され、道を塞がれる。
 
「急いでるんだけど」
 
 
「んなもん関係ねえだろ」
 
大有りだ。
 
 
ただでさえ時間がなくてイライラしているときに、この仕打ちか。
 
 
「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ」
 
 
「は?」
 
初対面でいきなりなんだ。
 
「お前みたいなの、幹部の皆さんが相手にするとでも思ってんのか」
 
 
「迷惑なんだよ。その下心とっとと閉まって出直してこい」
 
 
3人は口々に詰め寄ってくる。
 
時間があったらひとまずは順を追って説明してほしいところだ。ほんと、時間に余裕があったら、だけど。
 
 
わたしにはこいつらが何を言っているのかが全く分からないし、言いたいことを理解しようとする以前に、まず頭にきた。
 
 
 
「それで?」
 
 
「ああ?」
 
 
「具体的に、わたしは何に対して調子に乗ってることになってるの?」
 
 
低めの声で淡々と言うと、男子生徒たちはたじろぎを見せた。
 
 
「それでもってわたしが調子に乗ると、そちらさんに何の害があるの?」
 
 
「……そ、そういうところが調子に乗ってるって――」
 
 
「具体的な実害は何かって聞いてるの」
 
 
上からかぶせるように畳みかければ、3人とも口を閉ざした。
 
 
こんなことで黙るな。
 
 
「まず、わたしはなんでここで呼び止められたの?」
 
 
「てめえが津月さんを利用して、幹部の皆さんに近づこうとしてるからだろうが!」
 
 
ああ、そういうこと。
 
「……へぇ」
 
 
口の端を上げて目を細めれば、男子3人はあたふたと目を泳がせる。
 
 
最初の威勢はどうした。
 
 
自分たちに怯えない女はそんなに予想外だったか。
 
 
「その話の出所は? 実際自分で確かめたの?」
 
 
「そんなもん、そこら中でみんな話してることだろうが!」
 
 
こいつら、馬鹿だ。
 
 
「あり得ない話だけど仮に、もしも万が一わたしが皇龍に近付きたくて津月マヤと一緒にいるのだとして、わたしみたいな小者に皇龍が動くってあり得るの?
 
ああ、あんたたちは動いたか。上の人たちが相手にする必要もないと判断した小者に対して、わざわざ、勝手に。
 
もしあんたたちがチームに属しているなら、わたしと接触した時点であんたたちが皇龍の品格を下げてしまったという自覚はあるのかな?」
 
 
 
上が必要ないと判断したものにも、下が勝手に動いた。
 
 
人の話だけで事実を確認せず、チーム関係で第3者を糾弾した。
 
統率力のなさと、情報収集能力の乏しさをわたしにさらけ出しているようなものだ。
 
 
憧れている皇龍上層部の首を自分たちで締めてしまっていると、分かっているのか?
 
 
目線を落とした3人組は、何も言わなくなった。
 
開き直らない分まだ良しとしていいのかもしれないが、このままではわたしの腹の虫が治まらない。
 
 
「それで、あんたたちがわたしをここで呼び止めたことによって、わたしのバイトの遅刻は確定した。
 
約2ヵ月半、無遅刻無欠勤を貫いてなんとか培ってきたバイト先への信用が、たった今ガタ落ちになってしまったんだけど、――あんたたち、それに対しては責任取ってくれるの?」
 
 
 
3人はこちらをちらりと見たのち、極まりが悪そうに彼らだけで顔を見合わせる。
 
 
――え? 俺たちんなこと知らねえし。
 
 
みたいな顔してんじゃないよ。
 
 
 
 
フリーズ気味の3人組を押しのけてバイト先へと急いだが、体力のないわたしが目的地まで走り続けるなんて不可能だった。
 
バイトは開始時間の5分遅刻。
 
たかが5分。されど5分だ。
 
駅前という立地の良さから、夕方になるとバイト先のバーガーショップは混み合って一気に忙しくなる。
 
 
わたしと入れ違いで抜けるパートの人は、保育園に子どもを迎え行くため残業は出来ない。
 
 
もともと限界の時間まで働いていて、これ以上迎えが遅くなると保育園では延長料金が取られるのだと前に聞いた。
 
そんな慌ただしい時間にローテーションを崩してしまったわたしは、店長からひどく怒られた。
 
 
「次はないからね」
 
 
と言う店長は本気だろうと推察する。
 
仕事以外でほとんどコミュニケーションを取らないわたしを、庇ってくれる人がいないのは当然だ。
 
本来ならカウンターにいるはずだった年上の女性スタッフが裏方にいて、散々嫌みを言われた。
 
 
ここの店は、カウンターの注文受付係を担当したいという女性スタッフがやたらと多い。
 
愛想のないわたしはお客様の相手なんて極力避けたいところなので、今日もありがたく裏方に徹した。
 
 
 
それにしても、学校帰りの一件はどうしたものか。
 
あんな人目の付く場所で、周りに下校中の生徒がいるにも関わらずよく声をかけたなあいつら。
 
あの3人組が皇龍に所属していたらなおさらまずい。
 
 
1年男子というだけで、顔立ちや特徴をよく見なかったことが悔やまれる。
 
 
見知った顔じゃなかったので、4組の生徒じゃないとしか素性が分からない。
 
まさか敵になり得る人間がクラスの外にもいたとは。認識の甘さがあだになった。
 
面倒なことになってしまった。
 
 
この先前から来るであろう荒波のために、せっかくマヤに理解を得て防波堤を築いたというのに、全てを横波にかっさらわれてしまったようだ。
 
 
 

 

 

続く


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