モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下1-1

 

 

 
嫌いでいいの。
 
 
こんな自分勝手なわたしなんて、許してくれなくていいから。
 
 
どうかあなたには、幸せに笑っていて欲しい。
 
 

 

 


 

1-1

 

 

 
繁華街にあるクラブ、アーク。
 
 
皇龍の拠点となっているこの店は、夜になると若者たちで大きな賑わいを見せる。
 
建物は木造の2階建てで、1階部分が営業スペースとなり、2階は皇龍幹部やそれに近い者が使用している。
 
 
店の内装は避暑地にあるペンションを彷彿させる。床やテーブル、カウンターまでもが木で造られ、ランプの電飾が店内を淡く照らす。
 
 
吹き抜けとなっているので、2階からは階下がよく見渡せた。
 
 
その反面、2階は廊下の幅が広く取られているため、部屋の位置すらも1階から確認することができない。
 
 
皇龍というチームは暴走族というよりも、自警団のような組織に近いのかもしれない。
 
 
約10年ほど前、荒れ放題だった街の不良を初代皇龍総長が統括したのが始まりだとか。
 
 
治安が安定するならと、チームの存在は地元の警察も黙認しているのが現状だ。
 
 
チーム内では恐喝や窃盗など、他人に影響がある行為は固く禁止されている。
 
 
恋愛は自由。
 
 
酒とたばこは自己責任、らしい。
 
 
皇龍に属するというのが、街では一種のステータスとして考えられている。
 
 
徒党を組んで集まった烏合の衆でもなく、ここまで大きな組織だと規律や上下関係も当然ある。
 
 
それらを厳守してでも皇龍に入りたいという者が後を絶たないというのだから、憧れというのは末恐ろしいものだ。
 
 
俺には無理だ。人に上から顎で使われるなんざ成人してからで十分だろう。
 
 
とはいえ皇龍に属さない危険分子とされてはこの街で動きづらいことこの上ない。
 
 
ほどほどの付き合いはこの街に引っ越してきた時から続けている。
 
 
今日俺がこの店に来たのも幹部のひとりに呼び出されたからなのだが、約束の時間を10分過ぎてもその男は姿を見せない。
 
 
待ち合わせ人は用があっての遅刻ではない。わざと遅れてこちらがどう行動するのかを見ているというのは把握済みだ。
 
 
ついでに俺が皇龍と懇意にしていることを、店に来た連中に見せつける目的もあるのだろう。
 
 
さっきから視線がうるさい。女が話しかけてきたらそれを理由に帰るつもりでいるのだが。
 
 
壁にもたれかかってスマホをいじって時間を潰す。
 
 
 
「ごめんねぇ、遅くなっちゃって」
 
 
 
しばらくの後、待ち合わせた男はざわめきとともに2階より現れた。
 
 
 
身長は160センチ台後半の小柄な体格。
 
 
赤茶色の髪。
 
 
常に何かを企んでいそうな猫目の男は、階下の人間に注目を浴びる中ゆっくりと階段を下る。
 
 
5月の中頃というのに室内でも長袖のレザージャケットを着ているものだから、見ているこちらが暑く感じてしまう。
 
 
間違っても店の空調は壊れていない。
 
 
体は小さいが、存在感は半端なく大きいこの男。
 
 
――櫻庭 一輝(サクラバ カズキ)
 
 
皇龍の幹部で、高校3年。
 
 
皇龍では俺のようにチームに属さない者や、皇龍以外の街のチームとの橋渡し役を担っている。
 
 
 
こちらへと近づく櫻庭さんに、居住まいを正して会釈した。
 
 
 
「構いませんよ。この後に予定があるわけでもないので」
 
 
 
この手の人間は自分のリズムに相手を引き込むのがやたらと上手い。
 
 
上手いとは理解しているが、この男の上を行くやつを知っているためあまり影響されたためしはない。
 
 
この程度の遅刻などは気にせず流せる。
 
 
「そう? ま、話は奥に行ってからね」
 
 
 
櫻庭さんは視線を多く集めるため、わざと店の中央を歩いて行く。
 
 
俺が皇龍に追従していると周りにアピールさせる狙いも分かっているが、だからといって不用意に反発する理由もないので抵抗はしない。
 
 
ここにいる連中が俺をどう思おうが、興味はない。
 
 
店の奥にあるソファースペースの一角は、あらかじめ人払いがされていた。
 
 
ついたてで見えなくされたその場所に、俺と櫻庭さんは向かい合わせで座った。
 
 
「ごめんねーいろいろこっちも忙しくて。みんなが水口君みたいに素直だったらもっと俺も楽になるのに。
 
こっちは真面目に働居ってるってのに。ほんと、いろんなところが次々に問題起こしてくれて、休んでる暇がないんだよねー。
 
 
まいっか。待たせちゃった分、前置きなしで話すよ。」
 
 
 
などと十分な前置きしてから、櫻庭さんは話し出した。
 
 
 
「最近さあ、隣の街が荒れてるんだよね。西のほう。この前も徒党を組んでこっちまで攻めてきたりしたしさあ。あ、あの時はきみも手伝ってくれたっけ」
 
 
「ええ。そうでしたね」
 
 
「ま、あんだけこてんぱんにしたら、さすがに懲りたんだろうね。こっちの街にあれから悪さしに来ることはなくなったんだけど。
 
あいつら、今度はうちと反対側の西のほうの街に攻めて行って、そっちはただ今絶賛大荒れ中でさあ」
 
 
対面して座る男はこちらの目を射抜いたままそらそうとしない。
 
 
探るような視線から、彼の言いたいことを推理するのは容易だった。
 
 
「このままいくと、西の地区一帯が悲惨なことになりかねないんだけど、ね」
 
 
きな臭い話ではあるが、皇龍には関係のないことのはずだ。
 
 
皇龍は街という縄張りの外には不干渉を貫いている。
 
 
この話を俺にした目的は別にあるのだろう。
 
 
櫻庭さんは面白そうに口を釣り上げてきた。
 
 
 
「水口君、西の街が出身だって言ってたよね」
 
 
「そうですね。前住んでたのは日奈守(ヒナモリ)ってとこですから、ここからじゃ西にふたつほど街を挟んだ場所にありますね」
 
 
「そうそう、そういうとこだったね。下手したら騒動に巻き込まれかねないかと思ってね。
 
こっちに入る情報はあんまりないけど、一応教えておいてあげようかと思ったんだ」
 
 
「ご丁寧にどうも」
 
 
「心配じゃない?」
 
 
「特には」
 
 
「地元に友達とかは?」
 
 
「心配するほど親しいやつはいませんよ」
 
 
櫻庭さんの情報提供には、好意という優しさは微塵もない。
 
 
この男は試しているだけだ。
 
 
俺がどういう反応を見せるのか。
 
 
かつて住んでいた街は、俺にとってどれだけの価値があるのか――。
 
 
それらは俺が敵として皇龍と向き合った場合の手札になり得るものなのかを。
 
 
そこまで分かってはいるが、櫻庭さんの質問には正直に答えたつもりだ。
 
 
あの街に心配事も未練も残してはいない。
 
 
 
「あーあ。水口君ってほんとーに掴ませてくれないねえ。弱みのひとつでもどっかに置いといてよ」
 
 
口では困ったような言いぶりだが、完全に表情が裏切っている。
 
 
思い通りにならない俺を、心の底から楽しんでいるようにしか見えない。
 
 
櫻庭さんとは、そういう人だ。
 
 
 
「混乱はおそらく、日奈守で終わると思いますよ」
 
 
「んん?」
 
 
「同じ年に、それなりに有名なやつがいたので。そいつが動けば何とかなるかと」
 
 
「そいつの名前は?」
 
 
「武藤 春樹。俺と同じ中学の同級生です」
 
 
下手に隠して後々疑念を持たれるなら、今伝えておくべきだろう。
 
 
「地元じゃ結構有名でしたよ」
 
 
「知り合い?」
 
 
「顔見知り程度ですね。クラスが一度同じになったので、向こうも俺を知ってますよ」
 
「そいつ、心配だったり?」
 
 
「いえ、全く」
 
 
「またまたぁ」
 
 
「他の街のやつが攻め込んでやられるなら、俺の見込み違いだったというだけですよ。
 
その時は水口は人を見る目がない人間だとでも評価しておいてください」
 
 
そう簡単にやられるやつではないはずだ。
 
 
不良が街を荒らしても気に留めないという可能性はあるが、そこは言わなくてもいいだろう。
 
 
「ふーん。じゃ、まあそういうことで」
 
 
 
話が終わったのなら、と退出の言葉を口に出すより先に、桜庭さんの口が続けざまに動く。
 
 
にんまりとした笑みが、ここで逃がすと思うなよと言わずして俺に告げていた。
 
 
 
「あとさもういっこ、君に聞いときたいんだけど。
 
高瀬 結衣って、どんな子なの?」
 
 
 
いつかは来ると分かっていた追求だが、予想以上に早い時期になってしまった。
 
 
津月はともかく、野田さんにあいつと話しているところを見られたのはやはりまずかったか。
 
 
「どんな、とは?」
 
 
回答に困る聞き方だ。
 
 
あいつ自身のことを聞いているのか、俺があいつをどう見ているのかを知りたいのか。
 
――あるは両方、か。
 
 
 
「いやあね。最近話題に上っていろんなところから話は聞くんだけど、人物像が全く見えてこないんだよね。
 
明良は『話は通じるのに予想通りにいかない吹っ飛んだ子』って言ってるし。
 
マヤちゃんは『慣れたら気を使わなくていい優しい子』だって」
 
 
「まぁ、人の見方はそれぞれですからね」
 
 
「ちなみに総長は『無理やり自分を抑え込んでる危うい状態の女』だってさ」
 
 
 
さすが、あの人は的を射てくる。
 
 
「余計なことして問題の子が敵になると厄介だから、不用意に関わるなって。
 
総長にそれだけ言わせる女ってどんだけーって思わない?」
 
 
確かに。あの人の判断は正しいし、それに越したことはないだろう。
 
 
拠り所を失っている現在のあいつは、あまりにも不安定だ。
 
 
「で、ますます高瀬結衣が分からなくなった俺としては、水口君の見解も聞いておきたいわけでさ。
 
水口君にとって、高瀬結衣ってどんな子なの?」
 
 
「どうってことないですよ。強いて言えば、空気と同じですね」
 
 
「あれ? それって君に冷たくされえも諦めない、店に来てる女と同じってこと?」
 
 
あんな煩わしい気体があってたまるか。
 
 
「邪魔にならないって意味で言ったんです。俺にとっての高瀬結衣は、人畜無害だけど有益にもならない存在ですかね」
 
 
「あ、そういうこと。ところで君たちってどこで知り合ったのさ?」
 
 
「学校の敷地内ですよ。昼食仲間といったところです」
 
 
「ふうん」
 
 
嘘は言っていない。詳しいところを飛ばしただけだ。
 
 
探りを入れられても、これ以上の情報を提供するつもりはない。
 
 
 
「他に質問は?」
 
 
「うーん、ない、かな?」
 
 
「気になるようなら直接確かめに行ったらどうですか。藪をつついて蛇が出てきても、俺の知ったところではありませんし」
 
 
「迷うことを言ってくれるねえ。ちなみに水口君が紹介してくれたりとかは」
 
 
「生憎俺は自分が可愛いので」
 
 
過去の出来事をやたらと引きずってくるあいつに、これ以上ネタを与えたくはない。
 
 
話が終わったのならここには用がない。
 
 
 
「帰っちゃうの。飯ぐらいおごるよ?」
 
 
 
立ち上がった俺に櫻庭さんがメニュープレーとを差し出した。
 
 
 
「後々飯代以上の労働を強いられそうなのでお断りしますよ」
 
 
「ちぇ。本当に可愛げがない」
 
 
「失礼します」
 
 
「うん。西がまた攻め込んだら、呼び出しかけるからね」
 
 
「近くにいて用事がなかったら応えますよ」
 
 
あいまいな返事にしておかないと、櫻庭さんの場合本気で戦力に組み込んでくる。
 
 
聞くところによると、自覚のないうちにいつの間にか皇龍になっていたという新興チームは、ひとつやふたつではないという。
 
 
線引きは大切だ。
 
 
店を出て、薄暗い街灯の下を目的もなく歩いた。
 
 
日付が変わる時間帯でも、ここら一帯の賑わいは変わらない。
 
 
――西が荒れる。
 
 
そう聞いたところで、俺の動く理由など何もない。
 
 
武藤に伝えるつもりもないし、ましてや結衣にこのことを話す必要もないだろう。
 
 
もしも西の混乱で万が一にも武藤たちがやられたとしてもだ。
 
 
勝手にやればいい。
 
 
俺は結衣に何も言わない。
 
 
お前たちが手放した猫が、今でもお前たちを大切に思うあいつが、心を痛めないように――。
 
 
 
――ただひとつ、それに関してだけは協力してやろうと思う。
 
 
 
 
 
 
続く

BACK  TOP  NEXT
 
 
Loadingこのページに「しおり」をはさむ