モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上 After2

2.それから

 

 

家は早めに出たものの、学校を通り過ぎて駅前のスーパーに行ったため、わたしの登校はいつもと変わらずぎりぎりだった。
 
本鈴と同時に教室へ入る。
 
普段は吉澤先生が来る前にほとんどの生徒が席に付いているのに、今日は違った。
休み時間と同様に思い思いの場所で話すクラスメイトたち。
 
 
ふざけ合って大声を出す人はいない。みんなどこかよそよそしい。
 
 
……何があった?
 
 
入口に立っていても仕方がないので、自分の席について教科書をカバンから出す。
 
前を見るとマヤはちゃんと登校していた。
 
 
「……今席についてないやつ、遅刻にしてやろうか?」
 
 
 
地を這うような低い声とともに、吉澤先生が教室に入ってきた。
 
大慌てで生徒たちが自分の席に戻ったところでショートホームルーム始まり、授業開始の本鈴が鳴って終わった。
 
 
1限目の国語の先生と入れ違いで吉澤先生が教室を出ていく。休憩時間が潰れてしまったものの、文句を言う者は誰もいない。
 
吉澤先生の威光は健在。
 
 
脅迫、暴言で訴えたら担任を降ろされるのではと思えるぐらいの、とても見事な説教だった。
 
続けざまで始まった国語の授業は私語ひとつない素晴らしい授業となり、担当の先生も感動していた。
 
 
1限目が終わると、顔を赤くしたマヤが私のところに来た。
助けを求めるような涙目だ。
 
 
「何かあったの?」
 
「…………わたしの口から言わせないで」
 
「あ、いいよ。何となく分かった」
 
 
何があったかはともかく、誰にあったかは十分伝わった。
 
 
クラスメイトがマヤを見る目がそれを証明している。
 
 
 
「幼馴染さんとの仲は戻ったって考えていいんだよね」
 
 
よっぽど恥ずかしい目にあったのだろう。
 
 
マヤはさらに顔を赤くして、こくりと頷いた。
 
 
「だったらよかった。周りは気にしても仕方ないと思うよ。
 
他人の幸せな話題なんて、3日もあれば消えるものだから」
 
 
 
人の不幸は、うわさになって残るけど。
 
 
 
「……そういうものかしら?」
 
「そういうものじゃないの。どうだ羨ましいだろってふんぞり返って、堂々としていれば?」
 
「出来るわけないでしょう」
 
「うん。わたしも無理だね」
 
 
恨めしそうに見られても、当人じゃないからどうしようもない。
 
 
マヤの後ろに、こっちを睨んでる原田さんを見つけた。
 
 
顔を向けて口だけで笑うと、ばっと目をそらされた。
 
 
悪役になった気分だ。
 
 
 
「…………他人事みたいに言ってくれるわね」
 
 
それは当然だろう。
 
 
「他人事だからね。マヤの話は聞いても、わたしが幼馴染さんとマヤの間に入ることは絶対ないから」
 
 
 
実際に三國翔吾と向き合って、よりを戻したのはマヤの選択だ。
 
わたしはマヤの背中を押しても、2人の仲介はしていない。
 
 
なんにせよ、クラスの空気はこれで回復するだろう。
 
 
不安事は残っているが、わたしが打てる対策はないので今あがいてもどうしようもない。
 
 
 
「わたしは、良かったと思うよ」
 
 
 
素直に告げると、マヤはもう一度頷いて口を開いた。
 
 
「わたしも、良かったと思ってる。
……――でも、あれはなしよ」
 
 
 
最後の一言は、2限目の合図にかき消された。
 
 
 
 
 
その日の昼休み、いつもの第二体育館の非常階段で、凍牙に約束の物を手渡した。
 
 
から揚げ弁当、580円。
 
 
わたしにしては奮発したほうだ。
 
弁当を受け取った凍牙は蓋を開けずに、制服のポケットから財布を取り出した。
 
 
「ほれ」
 
 
差し出されたものを反射的に手に握る。
 
 
五百円玉と、百円玉だった。
 
 
「20円は足代でいい」
 
「なに? それじゃあ報酬になってないよ」
 
「やり直しを要求してるんだ」
 
「………はい?」
 
「サボらず自分で作ってこい」
 
 
…………………。
 
 
いやいやいやいや、ちょっと待て。
 
 
 
「わたしの弁当なんて罰ゲームにしかならないよ」
 
 
どう考えても大衆向きに作られた市販のほうがおいしいに決まってる。
 
 
「毒は入ってないだろ。お前毎日食ってるし」
 
「わたしの料理は、身内がお世辞でもおいしいって言えないレベルなんだって」
 
「だからそれでいいって言ってんだ」
 
 
 
おかしい。確実におかしい。
 
 
「言っておくが報酬の内容を決めたのはお前だぞ」
 
「……手作りなんて一言も言ってない」
 
「この弁当の代金を受け取った時点で、やり直しは決定だからな」
 
 
「おいしくもないわたしの手作り弁当を求める意味は?」
 
 
 
凍牙は何を今更とでもいうように、きっぱりこう告げた。
 
 
「俺の話のネタになる」
 
 
 
………………。
 
誰といつ、どんな話題でこんなものがネタになるんだ。
 
 
 
「覚えてろ」
 
 
 
ここは要求に応えようじゃないか。
 
 
まあまあおいしいくらいの、最も話のネタになりにくそうな弁当を作ろうと心に決めた。
 
 
 
 
 
 
続く

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