モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上4‐5

4-5

 

 

不審者から始まり名無しの先輩となった彼の本名は、野田 明良(ノダ アキラ)というらしい。

 
この高校の2年で、皇龍の幹部だと言われた。
 
「それで、野田先輩とお呼びしていいんでしょうか」
 
呼ぶ機会があればの話だが、確認はしておこう。
 
「ぜひ、それでお願いします」
 
階段を駆け下りて一気にしゃべったからか、野田先輩は膝に手を当ててぐったりしている。
 
「水口君さあ。この子ホントになんなの。人のペース乱すのウマすぎじゃね?」
 
「誤解ですよ先輩。こいつはただ人のペースに合わせるのが、壊滅的に苦手なだけです」
 
「あー、すんげー分かるわ、それ。お前そんなのとよく一緒にいられるな」
 
「コツがあるんですよ」
 
……人のことを目の前でべらべらと。
 
「初めて聞いたよ」
 
コツって何だ。
 
「お前、気を遣ったら逆に重たく感じて遠ざかって行くだろ」
 
「それは当たってるけど」
 
「つまりそういうことだ」
 
端的すぎる。それは凍牙が人との距離を取るのがうまいから言えることだよ。
 
気を遣わずに、だけども相手にとって触れられたくない心の核心を回避していく付き合いなんて、そうそうできるものではない。
 
「ま、なにはともあれ結衣ちゃんに何かあったときは、水口が出動の方針で――」
 
「俺はこいつの保護者じゃないですよ」
 
「何かある前提の話ってなんですか。何もないように努める方針に直ちに修正してください」
 
立ち直った野田先輩にすかさず二人で異論を唱える。
 
というよりも、これ以上関わりたくない人なので、これからのことなんて考えないでほしい。
 
「――それで、水口と結衣ちゃんがそろった時点で俺は自分の精神保護のため、即行退却させてもらうわ」
 
間に割って入ったが、野田先輩は止まらず言い切るとそのまま帰って行った。……逃げた、と言ったほうが正しいか。
 
嵐が去ったように静かになった。
 
凍牙と2人きりになって、自然に力が抜けていく。
 
今日はたくさんしゃべったから疲れた。
 
家に帰ってもうひと頑張りしないといけないのが、すごく気が重い。
 
その前に、凍牙に聞いておかなくては。
 
「明日の弁当、リクエストはある?」
 
「から揚げ」
 
がっつり肉できたな。
 
「了解」
 
マニアックなおかずを言おうものなら却下したが、から揚げ弁当なら大丈夫だろう。
 
明日は早起きして、駅前の24時間営業のスーパーに行って買ってこよう。
 
頼みを聞いてくれた分、少しぐらいは豪華なものにしようと決めた。
 
 
 
高校に在籍する大半の生徒は、校門を出ると駅のほうへ曲がっていく。
 
凍牙ともそこで別れ、わたしは反対の住宅街へと歩いた。
 
学校から徒歩約15分の場所にある5階建てマンションが、現在住んでいる家である。
 
部屋は4階。間取りは1K。
 
もっと大きなところじゃなくていいのかと、一緒に物件を探した母に言われたが、掃除が大変だからと断った。
 
むしろもっと小さくて安いアパートでいいと訴えもしたが、セキュリティーがちゃんとしていないところでのひとり暮らしは認めないと脅された。
 
そんなやり取りもあって、最終的に落ち着いたのがこのマンションだった。
 
父も母も、わたしに優しい。
 
兄妹の仲は一部よろしくないところもあるが、目立った問題にもならない程度だ。
 
身内に対して問題があるとすれば、わたし自身の内の部分なのだろう。
 
勝手にひとりで気まずくなって、家族からも離れた。
 
たったひとつの質問すらできないまま、ずるずると年月ばかりが過ぎていく。
 
――心の矛盾は溜めたままだと腐っていく。
 
原田さんに言ったことは本当だ。
 
不安なのだと一言言えば、何かが変わったのかもしれない。
 
上辺だけ取り繕って、学校や仲間の元へ逃げ続けたわたしは、家族と向き合うタイミングを完全に見失った。
 
それでも両親は、何も言わずに味方でいてくれる。
 
父も母も、おそらくわたしの口が開くのを待っているのだろう。
 
だけどわたしは、そのことを言い出せないまま、引きずり続るしかできない。
 
父と母、一番上の兄はわたしの理解者なんだと思わずにはいられない。
 
彼らはわたしの電話嫌いを知っている。
 
だからひとり暮らしをするといっても、無理に携帯電話を押しつけようとしなかった。
 
持ちたくなったらいつでも言ってねと。高校に入学する前に、母はそれだけ言ってくれた。
 
大通りからそれて少し坂道を登ると、わたしの暮らすマンションに着く。
 
約束をしていた人物は、入口の横で待っていた。
 
ジーパンにTシャツというラフな格好でも、細身に整った顔立ちのおかげでやたらと目立つ。
 
入口手前の柱に腕を組んでもたれかかる男性の足元には、大きな紙袋が置いてあった。
 
この男の名前を、高瀬 涼という。
 
 
わたしと13歳年の離れた、高瀬家の長男だ。
 
 
 
 
 
続く

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