モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上4‐3

4-3

 

 

不審者は黒髪でたれ目がちの、親しみやすそうな雰囲気をした男だった。
 
男子制服に2年を表わすエンジのネクタイは前に会ったときと同じ。
 
特徴といえば、左目の下の泣きボクロか。
 
よし、顔は覚えた。となるとすることはひとつだ。
 
なにくわぬ顔で不審者の横を通り過ぎ、階段近くの壁に近づく。
 
 
「いやいや、お願いだからそれは押さないでね」
 
 
非常ボタンに指が触れたところで、不審者からストップがかかった。
 
 
「っていうか俺が先輩だってこと、服見て分からない?」
 
「むしろこの学校の生徒かすら怪しいと疑ってます」
 
「だから制服」
 
「そんなもの外でいくらでも手配できるでしょう」
 
 
この高校の男子卒業生なんて千人は軽く行くだろうし、学校が制服を回収しているなんて聞いてない。在校生から借りている、という可能性もある。
 
 
「これであなたの歯がボロボロだったり、会話がかみ合ってなかったら、確実にこれを押して職員室に逃げ込んでますね」
 
「シンナーか薬中……。俺ってそんなに怪しいのか」
 
「初対面で意味も分からずあんなに爆笑していたら、誰だって警戒しますよ」
 
 
 
思い返しても、あれは十分怪しかった。
 
 
「あ、そう。ひょっとしなくても、今教室からマヤちゃんを引っ張って行った男も知らなかったり?」
 
「マヤの知り合い、だとは知りました」
 
「あの人が皇龍の総長、日暮 俊也(ひぐれ しゅんや)だから。覚えておいたほうがいいよ」
 
 
 
なんとなく予想はしたけど、本当にトップだったとは。
 
 
「ちなみに俺は、総長の付き添い」
 
「以前マヤにあなたのことを聞いたとき、知らないって言ってましたよ」
 
「え、うそ。俺もマヤちゃんと面識あるよ。っていうか、なんて聞いたの?」
 
「黒髪で笑い上戸な2年の先輩」
 
「………………」
 
 
 
黙ってしまった。
 
わたしにはそれ以上に伝えようがなかったのだが。
 
なんにせよ、不審者改め2年の先輩はここにいる理由がないのでは?
 
 
 
「マヤも総長さんも、行ってしまいましたよ」
 
 
 
言いながら階段を指差した。
 
 
 
「あー、ちょっと君に話しておきたいことがあってね」
 
 
理由はあったようだ。しかも、わたしに。
 
 
「三國翔吾ってさ、実は周りが評価しているほど人当たりのいいやつじゃないんだよ。本当は人見知りの激しいすんげーワンコ気質でさ。予想できるかもしれないけど、飼い主がマヤちゃんね」
 
 
……それは、かなり意外だ。
 
勝手にさっきの総長さんみたいな人を想像していたよ。
 
 
「それでも、周囲に打ち解ければマヤちゃんが喜んでくれるから、けっこう努力したんだよあいつ。
皇龍の幹部になって人の上に立つ存在になったのも、マヤちゃんにすごいって思ってほしいからだったし」
 
 
なんと、いうか………。
 
 
「頑張って頑張って、マヤちゃんに褒めてほしい一心でそこまで登り詰めたのに、周囲はそんな事情を一切知らない。
結果、一番認めてほしいマヤちゃんは翔吾から離れようとして、今の状況になったと」
 
「……馬鹿ですか?」
 
 
 
本末転倒にも程があるだろ。
 
 
「まったくね。マヤちゃんから別れを切り出されて翔吾が荒れに荒れてさ。今誰も手が付けられないことになってんだ。
だから、見かねた総長が直々にマヤちゃんを探してここまで来たんだ」
 
「マヤのほうは仲直りしたいみたいでしたけど」
 
「仲直りしてもらわないとこっちが困るよ。あの馬鹿犬のリードはマヤちゃんにしっかり握っておいてもらわないと」
 
 
 
やれやれと言わんばかりの男の態度に、ため息が出そうになるのをぐっとこらえた。
 
これは、わたしが出張る必要はなかったんじゃないのか。
 
どっちにしろ、時間がたてば二人の仲は戻っていたように思える。
 
どうやら本当に余計なことをしてしまったようだ。
 
 
「マヤちゃんがクラス内で辛い思いをしてるんじゃないかと心配してたけど、君がいてくれてよかったよ」
 
「はみ出し者同士、一緒にいるだけです」
 
「ひどい言い方するね」
 
「事実です」
 
 
話が終わったのならもう帰ろう。
 
 
踵を返したところで、先輩から声が掛った。
 
 
「あ、俺の名前、名無しの権兵衛だから」
 
 
 
……へえ。
 
 
 
「――高瀬結衣です。それで、名無し先輩は他に何かわたしに話でも?」
 
 
 
あえてスルーして自然に名乗れば、彼はきょとんと眼を丸くした。
そして徐々に、気の抜けた顔が引きつっていく。
 
 
「あ、間違えました。名無しの先輩ですね」
 
「……もうヤダ、この子」
 
 
 
知るか。
 
そんな簡単に話の主導権を握らせるわけがないだろう。
 
 
 
「あ」
 
 
うなだれる名無しの先輩を置いて帰ろうとしたら、1組から凍牙が出てくるのが見えた。
 
 
 
「遅いね。今帰り?」
 
 
 
付き合わせたのはわたしだけど、あれから大分時間はたっている。
 
 
 
「遅刻の反省文を書いてたからな。お前こそ遅いな」
 
「人につかまってたから。ああ、この人が前に言ってた不審者の先輩」
 
 
 
凍牙が名無しの先輩を見た。
 
 
 
「笑い上戸だったんですね。初めて知りました」
 
「いや、それ激しく誤解だから」
 
 
口ぶりからして、どうやら凍牙と名無しの先輩は知り合いのようだ。
 
 
 
「俺としては、水口とその子が普通に話してるってのが驚きなんだけど。……どういう関係なんだ?」
 
 
 
うなだれたところから一変、名無しの先輩は探るようにわたしたちをうかがう。
 
お前、この先輩に何かやらかしたのか。
 
凍牙に視線で疑問を投げかけても、ものの見事に無視された。
 
どうやら凍牙とこの先輩は互いに顔は知っているが、信頼関係が成り立つほど親睦があるわけではなさそうだ。
 
そんな人にどういう関係か、と聞かれてもなあ。
 
中学の同級生とはあまり言いたくないし。ここはあくまで、わたしの希望で言うのなら……。
 
 
「……………友達?」
 
 
 
頭ひとつ上にある凍牙の顔を見上げて聞いた。
 
 
 
「いいんじゃねえの。それで」
 
 
 
思いのほかすんなり認めてくれた。
 
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
 
 
「え、それ今確認したの?」
 
「ええ。今友達になりました」
 
 
 
驚きを隠そうともせず、名無しの先輩はわたしと凍牙を見比べる。
 
 
 
「水口って変わった奴だとは思ってたけど、ますます分からなくなりそうだよ。
俺らには敬語で話して敬うくせに、皇龍には入らないって言うし。
かといえば総長の呼びかけには普通に応じて、俺らの活動手伝うわ、不思議な奴だよな」
 
「………あー」
 
 
視線をさまよわせた凍牙と目が合った。
 
 
 
「同じこと考えたと思うよ、今のは」
 
「……なに二人でシンクロして俺置いてけぼりにしてんの」
 
 
 
苦笑するわたしに、黙って凍牙が軽く肩をすくめる。
 
 
 
「えっ、ちょっとホントになんなのさ」
 
 
 
見かねた凍牙が口を開く。
 
 
 
「いや、敬語で話しかけてくるやつが全員自分を敬ってると思えるのは、めでたい考え方だなあと」
 
「…………」
 
 
 
今度は名無しの先輩が口を閉ざした。
 
 
 
「わたしは基本、年上の人には誰にでも敬語で話すけど、凍牙は?」
「似たようなものだ」
「だそうですよ、名無しの先輩」
 
「……その呼び方止めない? 俺が悪かったからさぁ」
 
 
 
そう言うのならさっさと本名を名乗ればいい。
思っていても口には出さないけど。
 
 
 
 
 
続く

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