モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上4‐2

4-2

 

 

凍牙が第二科学室を先に出る。少し時間をおいて、わたしとマヤも教室に戻った。
 
廊下を歩くとき、わたしたちに会話はなかった。
 
到着した1年4組の教室には誰も残っていない。
 
 
原田さんはすでに帰宅したようだった。
 
 
教室に入って帰る準備をするマヤは浮かない顔だ。
 
さしずめ――。
 
「原田さんの言ったことは、自分と三國翔吾の別れる理由になんてならない。
だけど、そんな理由のない言葉で自信をなくして三國翔吾に別れを切り出してしまった自分が、これから先も彼の側にいていいのだろうか。
そもそも自分から別れを切り出したのに、もう一度よりを戻したいなんて、そんなことを望んでもいいのだろうか。――って、とこかな」
 
「……その通り、だけど」
 
 
そんなに分かりやすいのかと、マヤの顔が語っている。
 
ほかに悩めることがあるのなら、それはそれでびっくりだよ。
 
「これをきっかけに幼馴染さんから離れるのも、選択肢のひとつとしてはありだと思うけど。
これから生きていく上でまた違う人といちからやり直す機会も、決してないとは言えないし」
 
 
カバンを持ったマヤがわたしを見た。眉がよって、明らかに不服そうだ。
 
とても分かりやすい。
 
「ただ、マヤと幼馴染さんのように長い時間を共有して、深く繋がれる相手なんて、出会える保証はどこにもないけど」
 
 
マヤは涙目になって俯いた。
 
唇をかみしめて立ち尽くす彼女のところへと歩み寄る。
 
 
「あのね、もしも来年クラスが別れたら、わたしたちはもう話すこともないかもしれない。
また新しい出会いがあって、その中で人間関係は出来上がる。でもそれも、一年で終わり。
高校なんて3年で終わって、ひょっとしたらこのクラスの誰とももう関わらないかもしれない。
そんな流れるような出会いよりも大事だと思えるものは、もうちゃんと、マヤの中では決まってるんじゃないのかな」
 
 
こんなこと、わたしが言う資格なんてないのかもしれない。
 
でも、終わってしまって後悔するぐらいなら。
 
不安定でも、まだ間に合うなら、もう一度向き合ってほしい。
 
自分にできなかったことをマヤに押し付けている事実に、心の奥で苦いものがこみ上げたけれど。表情に出さず、ゆっくりと彼女に言い聞かせる。
 
 
「マヤは、誰が好きで、どうしたいの?」
 
 
嗚咽を漏らし、マヤは涙をぬぐった。
 
泣き止まないまま、彼女はそれでも口を開く。
 
 
「……っ、翔吾がっ、すき……。翔吾と、………一緒にいたいっ!」
 
 
一途な気持ちが、とても眩しい。
 
 
「――うん。だったらそれでいいと思うよ」
 
 
純粋な思いが、少しだけうらやましい。だけどそれ以上に、あるべきところにあるべきものが収まる未来を、わたしも切実に願った。
 
まいったな。
 
どうにもわたしはマヤとかつての友人を重ねて見てしまう傾向がある。
 
注意しなければ。過去に引きずられるのは自分自身に一利もないし、マヤにだって失礼だ。
 
こちらの心境に気付くことなく何度もうなずくマヤに、どうしたものかと少し困った。
 
泣き止ませる方法なんて知らないし、さすがにわたしが手を拭いた使用済みのハンカチは渡しにくい。
 
 
その時、教室のドアが大きく開く音がした。
 
 
半開きだったドアを全開にして入ってきたのは、3年を表わす深緑のネクタイをした男子生徒だった。
 
 
180センチは軽く超える長身。艶のある黒髪はサイドをワックスで軽く後ろに流している。目鼻立ちは整っていて、居るだけで威圧感がはんぱない。
 
 
存在感の塊のような人だけど、はっきり言ってどちら様だ?
 
 
「あの人が幼馴染さん?」
 
 
まさかと思ってマヤに聞くと、小さく首を横に振られた。
 
「……知り合い?」
 
 
「う、うん」
 
 
だからなんでそんなに意外そうに見てくるんだ。
 
涙が引っ込んだマヤの反応からして、かなりの有名人なのだろう。
またやってしまったか。
 
 
長身の男はなにも言わずにわたしたちに近づいた。
 
 
「行くぞ」
 
 
低い声で一言マヤに放ち、そのまま手を引いて歩きだした。
 
マヤは戸惑ってはいたが、拒絶するようには見えなかったのでほっておく。
 
 
男はわたしを一瞥しただけで、言葉を交わすことはなかった。
 
ただ、一瞬目があっただけで息が詰まった。
 
人の上に立つ気質だとか、カリスマ性とか、そんなものがあの男から即座に伝わって来たのだ。
 
 
――ああ、この人リーダーだ。
 
 
そんな空気をもつ男には、かつてあったことがあるから、なんとなく分かった。
 
 
「また明日」
 
教室を出るマヤに手を振ると、慌てたマヤが振り返った。
 
 
「また明日。ありがとう!」
 
 
足も止めないままマヤは言って、男に連れられて帰って行った。
 
 
さて、わたしも帰ろうか。
 
 
今日は来客の予定がある。
 
 
凍牙はもう帰ったのかと考えつつ教室を出たところで。
 
廊下にいつかの不審者が立っていた。
 
 
 
 
 
続く

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