モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上3‐5

3-5

 

 

滑稽な糾弾だとは自覚している。
 
これだけの物言いができるのは、マヤの話が真実だという前提が必要だ。
 
しかし、わたしはこの騒動の影の主役ともいえる三國翔吾と話したこともないし、彼がどんな人間なのか全く把握していない。
 
三國翔吾が本当にマヤを好きなのかどうかなど、知る術もないのだ。
 
客観的な判断材料は、クラスにいるやんちゃ組のマヤを見る心配そうな表情だけ。
 
約一カ月クラスで過ごしただけのマヤの言い分を一方的に信じるには、あまりにも不確かなことが多すぎる。
 
それでもマヤと原田さん、どちらを信じるかとなると、わたしは迷わずマヤを選ぶ。
 
単に自分の中では、原田さんよりマヤのほうが好きだから。
 
味方になる理由なんて、それひとつで十分だ。
 
 
大声を張り上げた原田さんは、そのまま口を閉ざした。
 
どちらも言葉を発することなく、沈黙は続く。
 
互いに相手の出方をうかがって、まるで時が止まったようだ。
 
便利な内通者と思っていた者からの反撃は、さぞ予想外だったのだろう。
 
時間は巻き戻せないのと同じで、一度言った言葉は消すことができない。わたしも、原田さんも。
 
「た、高瀬さんって、三國さんのことそんな風に思ってたの?」
 
なんでそうなる。なんて言わない。
 
都合のいい考え方でしか回せない頭には、そんなの言ったところで無駄になる。
 
「わたしは三國翔吾って人について、話でしか聞いてないし。そんな人、どうこう考えるまでもない。はっきり言って、なんとも思ってないよ」
 
どんな人気者でも、関わらなければ結局は他人だ。
 
他人に情を寄せられるほど、わたしの心は広くない。
 
「今わたしが言ったのは、原田さんの話を聞いて、情報を頭で整理した結果。言い換えれば、原田さんがずっと見ないふりをしていたもの、になるんじゃないの?」
 
まっすぐに見つめると、気まずそうに顔をそらされた。
 
「そんな……、あたしが三國さんのことを悪く思うはずないじゃない。みんな高瀬さんの妄想でしょ」
 
彼女の中の三國翔吾は、悪いところのない完全無欠な男らしい。
 
妄想してるのはどっちだ。
 
「さっき話したこと、反復してみようか。記憶力はいいほうだから、原田さんの言ったことはちゃんと覚えてるよ」
 
はっとした原田さんと視線が重なる。
 
彼女の組んでいた腕は下ろされ、きつくこぶしが握られていた。
 
「そんなの、どうせ高瀬さんの都合のいい記憶でしょ。本当にちゃんと覚えてるかも怪しいし、だいたいみんな信じないわよ」
 
その言葉が後ろめたい発言を自覚している証拠になると、彼女は気付いていない。
指摘するつもりもないが。
 
思わずこぼれたため息は仕方のないものとしよう。
 
「確かに、友達もいなくて発言力もないわたしの話なんて、誰も聞かないだろうね。聞いたとしても、原田さんが否定すれば一発でわたしの言葉は嘘になる」
 
「よく分かってるじゃない」
 
得意気に原田さんは笑った。本性が出てきたな。
 
「でもね、わたしも一応喧嘩をふっかけている自覚はあるから」
 
円満解決なんてはなから諦めてるし、みんな仲良しは現実問題として不可能だ。
 
負けの決まった喧嘩はしない。
 
喧嘩を売る側は用意ができる分、少し有利だったりする。
 
「わたしは自分の信用のなさを知ってる。――だから、証人はちゃんと呼んでる」
 
準備室のドアに顔を向けると、原田さんもつられて目をやった。
 
タイミングを見計らったように、微かに開いたドアの隙間から手が出てきた。
 
ひらりと一度手を振って、すぐに引っ込む。
 
原田さんが「ひっ」と息をのんだ。
 
うん。知らない人からしたら軽くホラーだもんね。
 
かくばった男の手から、マヤのものではないと判断してもらえるだろう。
 
よほど怖かったのか、原田さんは準備室に誰がいるのか確認に行こうとはしない。
 
「自覚があるなら、嫌な感情であっても自分のものだと認めたほうがいいよ。矛盾を体にためてると、そのうち腐ってくるから」
 
「あら、そんなありもしないものが腐って、一体どうなるというのかしら」
 
「わたしみたいになる」
 
挑発的だった表情が一変、口端をひくひくさせて黙り込んでしまった。
 
本っ当に嫌そうな顔するね。
 
「うらやましいなら、うらやましいでいいんじゃないの。恋愛事で誰かひとりだけを否定するのは、結構無理があると思うけど」
 
まあ、マヤが三國翔吾の幼馴染じゃなかったとしても、原田さんはマヤをのけものにしたかもしれないが。
 
原田さんと彼女のグループは、共通の否定材料をもって団結しているように感じられるところがある。そのターゲットが、今はマヤなだけ。
 
明日からは、きっとわたしに変わる。
 
脅しの材料ともとれる今回の「証人」をカードとして持っているうちは、強くは出てこないとふんでいるけど。
 
パンっと、原田さんが両手を胸の前で叩いた。
 
「わかったぁ。高瀬さんって、皇龍に取り入りたいんでしょ?」
 
「それはないね」
 
そう来るとは思っていたが、そんなひらめいたかのように言われてもなぁ。
 
「だから津月さんに自分だけ味方して、皇龍のみなさんによく思ってもらおうとしてるんだ」
 
「…………」
 
「なんかそれって卑怯じゃない?」
 
そこまで言うのなら、もっと卑怯になってやろうか。
 
「原田さんがわたしをどうとらえようが自由だよ。だけどわたしをどうこう言ったところで、さっき自分の言った言葉が消えることは絶対ない。証人もいるし」
 
話をそらして今日のことをうやむやになんてさせないよ。
 
「本題忘れて痛い目見るのはどっちなのか、それぐらいは分かるだろうに」
 
彼女にもはや見下していた態度は微塵もない。
 
原田さんの目は、わたしを敵としてとらえている。
 
「ああ、で、わたしとマヤが昼休みになにを話していたかの報告だっけ」
 
余裕のある態度が彼女の気に障ったのだろう。
 
舌打ちが室内に響いた。
 
「……あったまきた」
 
言い捨てて、原田さんは第二科学室から出て行った。
 
スライドのドアが鈍い音を立てて閉められる。
 
力いっぱい動かされたドアは、バウンドして半開きの状態で止まった。
 
廊下の足音が遠ざかる。静寂を取り戻した室内で、ひとまずの目的を達成した充実感から肩の力が自然と抜けた。
 
「もういいよ、ありがとう」
 
準備室に向かって言うと、半開きのドアが静かに開く。
 
 
中からは、凍牙とマヤが出てきた。
 
 
 
 
 
続く

BACK  TOP  NEXT

 
 
 
Loadingこのページに「しおり」をはさむ