モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上3‐4

3-4

 

 

原田さんから見たわたしは、入学以降いまだクラスになじめていない、ひとりぼっちの女。
 
孤立するのが嫌で、津月マヤと一緒にいる。
 
性格はおとなしく、強くは出られない。
 
争いを怖がる八方美人。――といったところか。
 
格下と思われているうちに、さっさと終わらせるとしよう。
 
 
5限目が終わった後の10分休憩。
 
トイレの水場で手を洗っていると、隣に原田さんが並んだ。
 
「高瀬さんて、昼休み津月さんといたんだよね」
 
「そうだけど、何かあった?」
 
言いながら、出口を横目で確認する。
 
見えるところに人はいない。原田さんのお供はついてきていないようだ。
 
「んー、津月さん、三國さんのこと何か言ってた? やっぱり未練とかありまくりだよね?」
 
「気にはしてるみたいだけど。何かあるの?」
 
「ほら、今学校中がこの話題ばっかだし、みんなも何かと三國さんのこと心配してるから」
 
「ああ、そう」
 
蛇口を閉めて、ポケットからハンカチを取り出す。
 
手洗い場から廊下に出ようとしたわたしを、焦った原田さんが止めた。
 
「津月さんが今どう思ってるのかとか、ちょっとだけ教えてくれないかな? みんなもすっごく知りたがってるしさぁ」
 
「……もう6限目始まるよ?」
 
「………今日、バイトは?」
 
「休み、だけど……」
 
すがるような上目遣いが、ぱっと輝いた。
 
「じゃあ、放課後いいよね。高瀬さんと遊べるってすっごく楽しみ!」
 
釣れた。
 
「あー、いいけど。わたし夕方から用事あるし、学校で話すだけでも大丈夫?」
 
「大丈夫大丈夫! 全然オッケー!」
 
「それと、わたし大勢とかいろんな人って恥ずかしいから、原田さんだけでもいいかな? 他の人ってあんまり話したことないし」
 
「全く問題ないよ! 放課後楽しみにしてるね!」
 
彼女にとって、人の別れ話は楽しく聞くものであるらしい。
 
嬉しさを全開にした原田さんに続いて教室に戻り、6限目を受ける。
 
授業が終わった後、ショートホームルームがあった。
 
吉澤先生が連絡事項を伝えて、すぐに解散となる。
 
「たーかせさんっ」
 
最後の授業だった国語の教科書を机にしまっていると、原田さんがやって来た。
 
「どこで話す? 教室は人が多いし、どこか二人っきりになれるところってないのかなぁ」
 
声が大きい。そんなに張り上げなくても聞こえている。
 
原田さんの声でこちらを興味深くうかがうクラスメイトが増えた。
 
「ごめん、その前に少しだけ待っててもらえないかな。科学の授業の課題、先生に提出してくる。すぐ戻るから」
 
机から5限目のプリントを出して立ち上がった。
 
教科書の重要語句の穴埋め問題だ。
 
時間中に出来なかった生徒は今日中に終わらせて提出と言われていた。
 
「じゃあさ、職員室まで一緒に行こ! そっからどこか場所探せばいいじゃない」
 
「……そうだね」
 
ひとまずマヤにバイバイを言いに行こうとしたが、原田さんに腕をからめとられた。
 
「ほら! 時間なくなっちゃうよ!」
 
「う、うん」
 
原田さんに引きずられるように、後ろのドアから教室を後にする。
 
「バイバイ、マユユー!」
 
「報告よろしくねー!」
 
大声で原田さんに手を振るグループの女子たち。
 
……マユユ?
 
ああ、原田さんの名前は確か「繭」だったか。
 
「うん! また連絡するね!!」
 
彼女のほうも負けじと手を振っていた。
 
廊下に出ると、原田さんは腕を放してくれた。
 
1階まで階段を下り、昇降口を前に左へと曲がる。
 
突き当りをさらに左に曲がれば、正面に職員室のドアが見えた。
 
「失礼します。村上先生はいらっしゃいますか」
 
職員室は基本生徒の立ち入りを禁止している。
 
なのでこうして入口から先生を呼ばなければならない。
 
「村上先生ー、呼ばれてますよー」
 
室内でも奥のほうに座る先生に声が届かないのは当然で、そういう場合は聞こえた先生がちゃんと伝言してくれる。
 
ほどなくして、村上先生が職員室から顔を出した。
 
眼鏡をかけた30代後半の男の先生だ。
 
「遅くなりました」
 
先生にプリントを差し出す。
 
「ああ、確かに預かった」
 
「お願いします。失礼しました」
 
お辞儀をして、職員室に背を向けた。
 
「人のいない場所だったら、2階の第二科学室でどうかな? 危険物は置いてないから施錠はされてないんだって」
 
「よく知ってるわね」
 
「知り合いの先輩に聞いた」
 
正確には協力者が先輩を頼って教えてもらえた、だけどね。
 
用意周到に場所を確保しているとなると、多少は警戒されても仕方がないかと想定していたが。
 
「じゃ、そこ行こ!」
 
無邪気さを前面に出してくる原田さんに、心配は無用だったと悟った。
 
来た道を戻って、階段を上る。
 
「てゆうか高瀬さんってさぁ、先生にすごく丁寧な話し方するんだ」
 
「ああ、まぁ」
 
「いい子ちゃんだね」
 
感心ではなく嫌みがこもった言い方だ。
 
「そうでもないよ」
 
本当に。
 
「だって今時みんなため口じゃない。ムラティーのこと村上先生って呼んでる人初めて見たよ」
 
ムラティー……村上ティーチャーの略か。
 
「そうかな?」
 
「そうだよ!」
 
間違ってもわたしは「いい子」だから先生に敬語を使ってはいない。
 
「いい子」に見せるために使っているのだから。
 
原田さんが言うところの、今時みんながため口というのはわたしにとって好都合な環境だ。
 
教師に敬語で話す生徒が少なければ少ないほど、その少数の生徒は教師からの株が上がる。
 
そこを利用しているだけに過ぎない。
 
ちなみに凍牙も同じ手を使っていたりする。
 
奴の場合見た目も不良で中身も不良だから、わたし以上に評価の振り幅が大きい。
 
真似はしないが、うらやましい限りだ。
 
2階の特別教室が並ぶ廊下の端から2番目が第二科学室である。
 
本来は科学部の活動場所だったらしいが、昨年で廃部となったため今年からは使用されていない。
 
この部屋の鍵は壊れていて閉まらない。
 
薬品の類は置いておらず、ガスも通っていないため、安全と判断されてそのまま放置されている。
 
というのは、凍牙が知り合いの先輩から聞き出してくれた情報だった。
 
 
聞いていた通り、第二科学室には鍵が掛っていなかった。
 
カーテンは開いているのに薄暗く、さびれた雰囲気だ。
 
床に固定された大机が6台。前に3台、後ろに3台と並んでいる。
 
その上には丸椅子がひっくり返された状態で置かれていた。
 
教室の奥の隅、黒板の横には「準備室」というプレートのかかったドアがあり、微かに開いた状態だった。
 
黒板は昨年度最後の科学部員達が残したであろう落書きが。白いチョークで全体に大きく「サラバダ!」と書かれていた。
 
前列の真中にある机にもたれかかる。
 
「ええっと、なんだったっけ」
 
「だーかーらっ、津月さんのこと! 高瀬さんボケ過ぎだよ!」
 
「……ごめん」
 
わざとだよ。
 
後から教室に入った原田さんはドアを閉めてわたしの前に向かい合う。
 
腕を組んで、首を傾け睨んでくる。
 
眉のつり上がり具合から、怒っているように見せたいのだと思われた。
 
「津月さんって、三國さんにまだ未練があったりするの?」
 
天井に視線をやり、しばし考え込む。
 
「うーん。話を聞いていると、マヤは今でも三國翔吾さんのこと好きみたいだけど」
 
「やっぱり! 別れてもまだ好きとか、ちょっとうざいよね」
 
「……そうかな」
 
「そうだよ! ていうか、高瀬さんってホントいい子ちゃんすぎ! 思ってることはもっとはっきり言わないと」
 
わたしが遠慮をやめて言う言葉があんたの都合のいいものとは限らないけどね。
 
「あー、うん」
 
「なに考えてるのか分からないから近寄りがたいって、みんな言ってるよ。あたしでよかったらいつでも話聞くから」
 
「……うん」
 
目を伏せて、軽く一息つく。
 
「わたし、正直みんなの話について行けてないんだよね。最近この街に来たばかりだから、以前から当然のようにあるものとかが、よく分かっていないというか……」
 
「そうなの?」
 
「うん」
 
原田さんは大きく数回頷く。
 
嘘は言っていない。
 
「だから津月さんとも普通に一緒にいられるんだ。なぁんだ、知らなかっただけなんだね」
 
「あ、知らないついでにひとつ教えてほしいんだけど」
 
「なーに?」
 
優しげな甘い口調。こてんと首をかしげた彼女がわたしを懐柔しようとしているのは分かる。
 
さて。
 
「原田さんって、マヤのこと嫉妬してるの?」
 
「えー。それはないよ。グループの子とかでそういう子もいるみたいだけど、わたしはそんなんじゃないわ」
 
「そうだったんだ」
 
「だって、あんな子に嫉妬するって、おかしいと思わない?」
 
「ごめん。はたから見てて、てっきりみんなマヤのことがうらやましいのかと思ってた」
 
「そういう子も確かにいるけどね。津月さんってそんなにおしゃれじゃないし、メイクも下手くそだし、そんな子うらやましいなんて思わないわよ」
 
自分より格下の女があんなすごい人と一緒にいるのが理解できない――、って思う気持ちを言葉にすると「嫉妬」になるんだよ。言わないけど。
 
「そういうものなんだ」
 
「そうよ。で、津月さんってよりを戻したい系な感じ?」
 
「そこらへんはよく分からない。でも、悩んではいるみたいだった」
 
「なにそれ! 悩んでるってだけで腹が立つ。終わったこと蒸し返して三國さんに迷惑かけてんじゃないわよ」
 
「ずいぶん心配してるみたいだけど、三國翔吾って人のこと、原田さんは好きなの?」
 
「恋愛感情じゃなくって、あこがれっていうの? みんなもそうだと思うよ。すごくかっこいいし、喧嘩の腕も皇龍でナンバー2だし」
 
自分の気持ちを伝えるたびに「みんな」と言ってしまうのは、原田さんの口癖か。
 
この言葉を使うたび、責任を他者に分散して押し付けようとしているということに、きっと彼女は気付いていない。
 
無意識のうちに得ている安心感というのは、とても質が悪い。
 
それ、あんたの周りにいる女子が意識し出したら友情なんて面白いぐらい簡単に崩れていくだろうね。
 
「へぇ、初めて知ったかも」
 
「もー、高瀬さん知らなさすぎ! そんなのだからみんなから置いてけぼりにされるんだよ」
 
わたしのことはお構いなく。
 
「じゃあ、三國翔吾さんと付き合いたいとか、そんなんじゃないんだね」
 
「そこらへんは考えたことないかな。でもほら、恋愛とかって流れみたいなところがあったりしない? これから先、どんなきっかけがあるかも分からないから、はっきりとは言えないわね」
 
「そういうものか」
 
「そういうものよ。だから、次に進もうとしてる人を自分本位に引き留めようとする人ってホントあり得ない」
 
「わたしがマヤの相談に乗ったこと?」
 
「違うわよ。だぁかぁら! わたしがあり得ないって言ってんのは津月さんのこと!」
 
うん。知ってる。
 
「全然大したこともないのに、三國さんの幼馴染ってだけで恋人気取って。ずうずうしいにも程があると思わない?」
 
「でも、実際二人は付き合ってたんだよね?」
 
「そこがあり得ないって言ってんの」
 
胸を張って言いきってくるけど、そろそろ気づかないかなあ。
 
「……原田さん、マヤに嫉妬してないんだよね?」
 
「当たり前じゃない。なんであたしがあんな子に嫉妬しなきゃいけないのよ」
 
「でも、みんながすごいって言う三國翔吾さんとマヤが付き合っているのは気に入らない」
 
「あくまで、津月さんがね。大人しすぎるし、三國さんがあんな子の恋人だってことがまず間違いなのよ」
 
よし。
 
欲しい言葉は聞けた。
 
会話を中断して口を閉ざすと、原田さんが怪訝そうに首をひねった。
 
「なによ?」
 
もう遠慮はしない。
 
猫を被るのも終わりとしよう。
 
「それってつまり、三國翔吾さんの女を見る目がないって言ってるのと同じだよ?」
 
何を言われたのか、しばらく理解できなかったのだろう。
 
原田さんは瞬きも忘れて固まってしまった。思考に整理がつくのを待ってやれるほど、わたしはお人好しじゃないからね。
 
「もしくは、三國翔吾さんの女のセンスは大したことがない、かな」
 
先ほど望まれたとおり、思っていることをはっきりと口にすれば、彼女は顔を真っ赤にして焦りだした。
 
「………っ、そんなこと言ってないでしょ!」
 
 
いーや、言ってる。
 
 
 
 
 
続く

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