モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上3‐3

3-3

 

 

マヤの席はわたしの座る席の右隣の列、前から2番目にある。
 
常に廊下側の前のほうで集まっている原田さんたちともわりと近い場所だ。
 
よくあんなところで昼食を食べられるな。
 
わたしだったら無理だ。目的もなくそんなところで時間は過ごせない。
 
凍牙とこのクラスについて話した次の日、4限目が終わってすぐに早速マヤの元へと向かった。
 
購買へと走る人も何人かいたが、大半の生徒はまだ教室内にいる。
 
原田さんの姿は見えないが、そのグループの何人かが机を合わせて昼ごはんを食べる準備をしていた。
 
本人がいなくても、人づてで伝わるなら問題ない。
 
「昼、一緒に食べない?」
 
聞こえるのはマヤだけでいい。
 
クラス全体にわたしがなにを言っているのか分かるように、弁当を顔の高さまで上げた。
 
「……いいのよ。気を遣わせてごめんね」
 
マヤが断るのも想定内。だけど、今日はここで引かない。
 
全てはわたしの安息のためだと自分に言い聞かせる。
 
横目で原田さんのグループの女子がこちらをうかがっているのを確認して、内心ほくそ笑む。
 
「気なんて使ってないよ。ただ興味が湧いただけ」
 
「……何に?」
 
「マヤがどうして幼馴染さんと別れたのかってところに」
 
古傷というには、まだそんなに時間はたっていない。
 
でもね、わたしはその傷をえぐってでも、前に進みたい。
 
ここで遠慮したら、何も始まらない。
 
鳩が豆鉄砲をくらったごとくきょとんとしているマヤに、続けざまに言った。
 
「余計なお世話って言うなら、もうこの件に干渉しない。でも、感情に整理がつかなくて困っているなら、わたしを使って。愚痴でもいいから、マヤの話を聞きたい」
 
マヤはしばらく考えるように黙っていたが、やがて口を開いた。
 
「分かったわ……。でも、途中で訳が分からなくなるかも」
 
「それでいいよ。あ、でも、教室はやめよ。こもった空気のところでお昼食べるの好きじゃないから」
 
「いいけど、どこへ行くの?」
 
「外の人がいないところ」
 
「……いっぱい知ってそうね」
 
「学校の敷地内は全部見て回ったからね」
 
一度出した弁当と水筒をマヤはカバンに詰め直した。わたしとマヤは教室を出る。
 
やんちゃ系男子が慌てた様子だったが、ここはスルーする。
 
廊下ですれ違った原田さんが驚いていたけど、これも無視した。
 
 
昇降口の反対側にある校舎の陰で、二人横に並んで座った。
 
周りに人はいない。
 
もう少し行けば第二体育館なのだが、あそこにマヤを案内する気にはなれなかった。
 
「確認しとくけど、別れは幼馴染さんから?」
 
「……ううん。わたしのほう」
 
「そっか」
 
けんかの末の突発的なものか。もしくは外部から意見が介入したか。どちらにせよ、マヤにはまだ未練がありそうだ。
 
弁当を食べている間はお互いなにも話さなかった。
 
「……釣り合わないって、言われなくても分かってたわ」
 
早々に食べ終えたマヤが、呟くように話しだす。
 
「小さい頃は、泥んこになって二人でいろいろ遊んだけど。
だんだん大きくなるにつれて、翔吾はかっこよくなって、周囲から一目置かれる人になっていった。
それでもわたしは、変わらずに接してくれる翔吾が嬉しかったわ。
……嬉しくて、調子に乗ってしまっていたの」
 
マヤは泣いていなかった。諦めたように、淡々と言葉を紡いでいる。
 
遠くを見つめる瞳は、過去の幸せな記憶を思い起こしているからか。愛おしげな眼差しにふと影が差す。
 
「こんな何にもない普通の女、翔吾の隣にはいてはいけないって、みんなが言っているのよね……」
 
眉間にしわが寄って苦しそうな瞳とは裏腹に、マヤの口は歪んだ弧を描いた。無理やり笑って、言いたくもない言葉で言い聞かせ、自分を無理やり納得させている。
 
今のマヤは一体、何のために苦しんでいるのか。誰のために我慢しているのか。
 
冷めていた頭が熱を持ち始める。
 
……ごめん。
 
自分から聞きたいと言っておきながら、イライラが止まらない。
 
間違ってもマヤに責任はない。これはわたしの問題で、済んでしまったことにマヤとその元恋人を重ねてしまっているだけだ。
 
分かってはいても、物申さずにはいられない。
 
「すごい男には、同じぐらいすごい女じゃないと、隣にいてはいけないの?」
 
「へ?」
 
「恋愛なんて互いの気持ちが第一なものに、他人の口出しを真に受ける必要なんてないんじゃないの。
延長上にある結婚にしても、当人たちと100歩譲ってその家族の問題だよ。
マヤが釣り合わないって言うその幼馴染には、どんな人なら釣り合うの? 同じぐらい有名で、頭のいい女のひと? カッコイイ幼馴染と同じレベルの、可愛い人? きれいな人? レベルの釣り合いが取れたら、いい恋愛ができるの? ――その人たちは、幸せになれるの?」
 
畳み込むように言い切ってから、我に返る。やってしまった。そもそもマヤをお昼に誘ったのはわたしの意見をぶつけるためじゃない。
 
マヤの話を聞いて、クラスの雰囲気を改善させる策を考えるためだろう。
 
どうしよう。
 
マヤの目が点になってる。
 
「ごめん、今のなし。私情が入りすぎた」
 
ここは落ち着くところから再開するしかない。
 
まくしたてるのではだめだ。
 
一方的な意見を言うために、二人でここにいるわけじゃないんだから。
 
「マヤはさ、幼馴染さんの恥ずかしいところとかも、たくさん知っているんだよね?」
 
「……ええ、まぁ。時間だけは無駄に一緒に過ごしたから。
幼稚園の時、背中にミミズを入れられて泣いてたりとか、取っ組み合いに負けて泣いて帰って来たら、おばさんに怒られて、いじけてわたしの家に家出してきたり……」
 
「もうその辺で止めてあげて」
 
面白そうだけど、わたしがえぐっていい過去じゃない。
 
「マヤにとっての幼馴染さんと、わたしや周りが知っている幼馴染さんじゃ、視点が全然違うよ。
ただ強くて、かっこよくて、すごい人じゃない三國翔吾という人を、マヤはちゃんと見てるんだから」
 
努力を知ってる。
 
恥を知ってる。
 
英雄のように祭り上げられた存在ではなく、人間らしい一面を。
 
「マヤの見る幼馴染さんは、神聖視されていない。その視点は、幼馴染さんにとって貴重なものだと思うよ」
 
外見や能力じゃない。
 
共有した時間によって得られた安定なんて、誰よりも誇れるものではないのか。
 
「ま、これはあくまでわたしの考えだし。幼馴染さんがどう思ってるかは知らないけど、聞いてみる価値はあるんじゃないの?」
 
マヤはなにも言わないし、首を振ることもしない。
 
ただじっと、わたしを見つめていた。
 
ひとまず第一関門は突破した、と。後はマヤと三國翔吾の問題であって、これ以上わたしは口出しのしようがない。
 
「さて、ここからが本題。わたしの考えは十分伝わったと思う。その前提で質問させて。
幼馴染さんの隣にマヤがいてはいけないって、みんな言ってるってさっき言ってたけど。その『みんな』に、わたしは入ってる?」
 
あれだけ容赦なく発言しといて今更だったけど、これにはマヤも素直に首を横に振った。
 
「みんなってのは、具体的にどこからどこまでの、誰をさしてるんだろうね。署名でも集めて提出された?」
 
「いいえ。それはないわ」
 
「言ったのは、原田さん辺りかな」
 
そのグループの誰かという線もあり得るが……。
 
「どうして分かるの?」
 
「大きな心当たりがあるだけ」
 
どうやら他を勘ぐる必要はなかったようだ。
 
有名な人の恋人だったからといって、マヤは四六時中誰かに守られていたわけではない。
 
トイレや下校時の廊下など、狙えばいくらでも二人きりになれる。
 
「幼馴染さんは、別れを切り出したときはどんな感じだったの?」
 
「すごく、怒ってた。そんなものは別れる理由にならないって。
怒って、わたしの言い分も聞いてくれなくて。
最後はわたしもむきになって翔吾のところから飛び出したの。翔吾とは、それっきり連絡もとってないわ」
 
「ごめん。それ、痴話げんかにしか聞こえない」
 
「ええっ」
 
いや、驚かないでよ。
 
この状態、三國翔吾のほうはマヤと別れたと思っているかも怪しい。
 
ひとまずこの二人は話し合いの余地があり、と。
 
だとすれば解決すべき問題は後ひとり。
 
さて、どうしてやろうか。
 
「正直言うと、わたしはマヤと彼氏さんが別れようがよりを戻そうが、別にどっちでもいいんだ」
 
それこそ当人たちが話し合った末の離別なら、ここまでしゃしゃり出るようなまねはしなかったさ。
 
「ただね、今の教室の空気だけは我慢ならない」
 
「空気って、どういう」
 
「心配していますアピールなのか知らないけど、困った顔でマヤを窺うだけの男子とか。普段から目立ってるだけに葬式みたいな面でいられるとクラス全体が引きずられてしまうってこと、あいつら分かってるのか」
 
「なんというか、ごめんね」
 
「いや、別に言ってはみたけどそこまで気にはなってないから。本人に直接言わない時点でこれは何の意味もないただの愚痴何だろうし。それよりも、もっと性質の悪いのがいるよね」
 
「……わたし?」
 
「違う違う」
 
確かにさっきマヤには言いたいことを言いまくってしまったけど、そうじゃない。
 
「人の不幸を楽しんで、優越感に浸っているやつが不快なんだよ。」
 
当事者であるマヤの心を揺さぶってでも、今を変えたいと思うぐらいに。改善のためなら努力は惜しまない。
 
こそこそ見下されるよりも、堂々と敵意を向けてくれた方がよっぽどましだ。
 
やるなら徹底的にやらせてもらうよ。
 
「放課後、空いてる?」
 
「……それは、今日の?」
 
「今日の」
 
「特別な用事はないけど」
 
「だったらちょっと付き合って。マヤにとっても悪いことじゃないはずだから」
 
断る間は与えずに、マヤを協力者に組み込んで。ひとまず弁護人は確保した、と。
 
これでもしものことがあっても、皇龍を敵に回すのは避けられる。
 
「3分待って。すぐに戻るから」
 
マヤを置いて、第二体育館へとかけた。
 
順序立てたシナリオを頭の中で作り上げていく。
 
「凍牙!」
 
いつもの非常階段に、凍牙はいた。
 
総菜パンを食べていたようだが、張り上げた声に手を止めてこちらを見た。
 
「今日の放課後、バイトか親の危篤くらいの用事がなかったら時間を貸して!」
 
「バイトと親の危篤はお前の中で同レベルなのか」
 
そこは今はどうでもいい。
 
「証人がいる。皇龍側にはいない第三者として、もしものときに証言できる人が」
 
「……なにをする気だ?」
 
「現状を変える。そのために……」
 
舞台を組み立て、ターゲットの相手の本音を聞き出す。
 
そして――。
 
「言質を取って、揚げ足もとる」
 
人の恋愛事情に安易な気持ちで口をはさめないよう、釘をさせたらそれでいい。
 
誰かの不幸によって成り立った優位性がどれだけ脆いものなのかを知らしめられたら万々歳だ。
 
「結局俺は眠れる獅子を起こしてしまったのか」
 
「背中を押したのは凍牙でも、決めたのはわたし。現状を変えるのは、あくまで自分の責任の下でする。でも、こんなこと頼めるのは凍牙しかいない」
 
ただ、保険を掛けておくにこしたことはないという話だ。
 
「で、俺が放課後の時間を貸す見返りは?」
 
そうきたか。
 
「……明日の弁当で手を打とう」
 
「乗った」
 
しぶったように見えて思いのほか簡単に引き受けてくれた。
 
これで、駒はそろった。
 
「ありがとう。よろしくお願いね」
 
この感覚は久しぶりだ。手のひらの上で人を転がし、望むままの結末を導く過程を想像し、自然と顔に笑みが浮かぶ。
 
組み立てたシナリオ通りに盤面の駒が動く愉悦。
 
口に出して指摘されたことはあまりないが、きっとかつての仲間はみんな、目的のために遂行された過程を心の底から楽しんでいたのを知っていたのだろう。
 
だから、あんなおかしなあだ名をわたしにつけてきたのだ。
 
さあ。
 
わたしは、自らの平穏のため、今一度、大魔王の手先と呼ばれた――。
 
 
――――魔女に戻ろう。
 
 
 
 
続く

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