モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上3‐2

3-2

 

 

マヤが恋人と別れた次の日。昼休みの第二体育館の非常階段。
 
「女子は難しい」
 
つい耐えかねて凍牙に愚痴を漏らしてしまった。
 
相変わらず教室の空気は気持ちが悪い。
 
そんなところでマヤは今日も昼ごはんを食べている。
 
変化があったとしたら、悪いほうにだろう。
 
原田さんのグループが、あからさまにマヤを見下すようになった。
 
先生のいないところでは、本人に聞こえるように三國翔吾を話題に上げる。
 
ふっきれたと言わんばかりに気に留めないマヤが、彼女たちには気に食わないようだ。
 
「三國翔吾と恋人が別れた件か?」
 
「よく分かったね」
 
「この前廊下で津月と話していただろう。三国翔吾の件については学校中に広まってるぞ。俺のクラスでもその噂で持ち切りだ」
 
「まあね。マヤ自体は済んだこととして終わらせようとしているけど、それに周りが黙っていないから。うちは教室全体が常に嫌な雰囲気だよ。壊したくて仕方がない」
 
「……教室をか?」
 
「今の空気を」
 
とてもじゃないが長く続いてほしくない。
 
マヤより先に、わたしが駄目になる。
 
変化をもたらすにはマヤの話を聞くのが最善だとは思うが、はたして彼女がそれを望むかが疑問だ。
 
内輪の話を聞くのは、関係がより深まることに繋がる。
 
わたしは、それを良しとするのか。
 
マヤは、それを望んでいるのか。
 
自分の問いにも答えが出せず、今ひとつ踏ん切りがつかない。
 
「昔は、こんなに悩まなかったのにな」
 
どういうわけか、ことあるごとに過去と比べる癖が最近できた気がする。
 
それだけあの頃のわたしは、怖いものがなかったのだと思い知る。
 
「くだらないが、少しは成長したんじゃないのか」
 
感傷に浸っていたが、凍牙の声に我に返った。
 
「なにが」
 
「他人に対する気遣いをおぼえたのは立派な成長だろう」
 
「失礼な奴だね」
 
軽口を叩きながら、ふと気づかされた。
 
別にわたしは、昔とそう変わっていない。他人に対して気遣いができる優しい人間になれたわけじゃないのだ。
 
マヤという人間が、わたしにとって他人よりも身近な存在となっただけだ。
 
少ない時間であっても、彼女と話して、共に過ごして積み上げたものがあるからこそ、こんなにも迷いが生じてしまっている。
 
「結衣」
 
名前を呼ばれて凍牙を見た。階段の下段にいる彼は軽くこちらを振り返り、静かに口を開いた。
 
「俺は、お前がどういう女か知っている」
 
それは、昔を含めてのわたしを。ということだとはすぐに分かった。
 
「お前が自分の本性隠していることについても、特に何も言うつもりはなかったが。そんなに悩んでまで、上っ面のいい子を演じ続ける理由がそもそもお前にはあるのか?」
 
「学校生活を平和に過ごすためだよ。ほかに理由なんてない」
 
「精神的に我慢を強いられている状況が、お前にとっての望んだ平和か」
 
言ってくれるな。
 
あんたこそちょっと顔を合わせないうちに随分優しくなったな。
 
「別に、好きなようにやればいいんじゃないのか。津月に本性がばれて嫌厭されようが、どこでなにが壊れようが、『ここ』は変わらないんだ」
 
当然とばかりに言われた言葉が胸の中に落ちていく。
 
まさか凍牙に励まされて、背中を押してもらえる日が来るなんて思いもしなかったよ。
 
わたしは勝手な人間だし、基本自分のためにしか動かない。マヤに見せていない黒い部分だってたくさんある。
 
でも、凍牙はわたしの中学時代を知っていて、それでもこの場所を共有していられる。
 
もしもクラス中がわたしを敵としたとしても、たとえマヤと決別しても、わたしの居場所はここにある。
 
そう言ってくれたのだ。凍牙は。
 
「……ありがとう。ちょっとやる気出た」
 
「ほどほどにしておけよ。俺は眠れる獅子を起こしたつもりはないからな」
 
照れくさそうに凍牙は顔を背ける。自分で言い出しておきながらそんな態度をしてくるのが、ちょっとおもしろかった。
 
「大丈夫だよ。わたしは獅子じゃないから」
 
「ネコ科は同じだろ。にゃんこ」
 
「猫じゃないって。ミィくん」
 
薄ら笑いで凍牙を見下ろせば、無表情だった顔が微かにひきつっていくのがうかがえた。
 
背中を押してくれたことには感謝するけど、ここを譲るつもりはない。
 
そっちがその気ならこっちだって相応の呼び方をするまでだよ。
 
「………引きずるな」
 
「当然」
 
 
 
調子が戻った。
 
凍牙がいるこの場所が、わたしをわたしにさせてくれる。
 
 
そして、マヤが恋人と別れてから3日後の昼、行動に移った。
 
 
 
 
 
続く

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