モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上2‐2

2-2

 

 

「三國翔吾はここら一帯に縄張りがあるチーム、皇龍の幹部だ。この学校にも皇龍メンバーはそれなりにいる」
 
昨日の疑問は、次の日の昼休みに凍牙に聞いたらあっさり解決した。
 
「つまりは不良ってこと?」
 
「どうだろうな。皇龍に対するこの街のやつらの認識は、世間一般が想像する不良の常識とかけ離れているからな」
 
「そんなに有名? というか何なのさその集団」
 
「知らないほうがおかしいと思われるぐらいに有名だ。
繁華街周辺をはじめとしてこの街の治安に大きく関わる組織でもある。
喧嘩も負けなしと聞いているし、教育が行きとどいている分、下っ端も下手な問題も起こさない。
幹部以上にのし上がる条件には顔の良さが入っていると言われているぐらいに、上に行くほど女子の人気も高い」
 
説明をさせておいて悪いけど、ちょっとよく分からないってのが本音だよ。
 
チームが街の治安に関わるって、どういうふうに? 他の不良集団に対する抑止力や牽制材料的な意味でなのか。
 
まさか正義の味方ってわけでもあるまいし。でもそれはわたしの常識であって、この街の常識には当てはまらない可能性もあるのか。
 
「治安に関係しているってところ、もう少し詳しくお願い」
 
「簡潔に言えば、この街の治安維持に大きく貢献しているということだ」
 
意外や意外に正義の味方だったよ。
 
「男からの憧れもかなりのものだが、……皇龍の幹部が学校に登校すればそれなりの騒ぎになるんだが、知らなかったか?」
 
確かに授業中や休み時間に時々、興奮した生徒が「誰誰さんが学校に来た」って騒いでいたような。
 
「気付いたとしてもそれが皇龍? ってのに結びつかないから、分かるわけがないよ」
 
「ああ、お前は興味の対象になるもの以外は意識にも入れようとしないやつだったな」
 
否定はしない。だけどその言い方はどうだろう。
 
「今のうちに改めておけ。皇龍はこの地域では絶対だ。何かあったとき、知らなかったじゃ言い訳にもならないぞ」
 
うん。
 
凍牙の話で、皇龍とは何たる組織かはなんとなく分かった。でもさ。
 
「少しばかり手遅れな気がするよ。凍牙さん」
 
「ああ?」
 
眉間にしわを寄せてこちらを睨む凍牙はこの際気にしない。
 
ひとまずは昨日の一件を伝えるところから始めようと思う。
 
 
昨日マヤと話した内容はほどほどに、見知らぬ人物から三國翔吾についておかしな質問をされたことは正直に凍牙に告げた。
 
「お前、自滅したな」
 
「返す言葉もありません」
 
と言いつつも、実のところあまり心配はしていない。
 
もうなるようにしかならないと開き直ったほうが気が楽だし、これでマヤと距離ができても自業自得でわたしが悪いだけだ。
 
「ちなみに、本人の前では絶対言ってはいけないこととして、三國翔吾が壊滅的に音痴なのは水面下でかなり有名な話だ」
 
「うわぁ、地雷踏んだね」
 
あの不審者が笑い転げていた理由はこれか。
 
「仕方がない。昨日のことを不審者が三國翔吾に告げ口していた場合は、あの不審者も道ずれにしよう」
 
わたしは路上で歌っている人が三國翔吾なのかと尋ねただけで、勝手に笑い転げていたのはあの男なのだから。
 
「男はどんなやつだったんだ?」
 
警戒するように凍牙が眉を寄せる。
 
「おそらく2年生の黒髪。性別は男」
 
「おそらく?」
 
「他人の制服を奪って着ていた可能性が捨てきれないからね」
 
「……他に特徴は?」
 
「笑い上戸だった」
 
顔の特徴なんてこれといって覚えていないけど、あの癇に障る笑い方はおそらく一生忘れない。
 
「……。もし次に関わって来たら顔ぐらいは口で説明できるようにしとけ」
 
呆れられてしまったが、確かに不審者の顔立ちに興味がないというのは、もしもの時に困るだろう。
 
次からはちゃんと覚えるように気をつけるとする。
 
それにしても。
 
「三國翔吾と笑い上戸って、音が似てるね」
 
「それは人前で言うなよ。皇龍ファンに聞かれたら殺されるぞ」
 
「了解」
 
いつも以上に凍牙としゃべったというだけで、わたしは今日も平和だ。
 
 
 
頭の中を整理する。
 
三國翔吾は、マヤの幼馴染で恋人。
 
同時に、皇龍というチームの幹部で、皇龍はこの街の人が憧れる存在だ。
 
どういう経緯でそうなっているのかは知らないが、皇龍は規律と秩序を以て街を守っている。普段は温厚だが、売られた喧嘩は買う。今のところ負けなし。
 
最強と言われ、街の若者から慕われる大きな集団の核にいる者。それがマヤの付き合っている人物だ。
 
この街の誰もが知る常識を、わたしは今初めて知った。
 
皇龍という存在意義や街の特殊な環境についてはここで考えるべきじゃない。
 
大事なところは、皇龍という影響力を持った組織の中に三國翔吾が身を置いているということ。
 
集団の規模が大きくなればなるほど、かかるプレッシャーは重くなる。
 
上に立つ重圧と、チームを守る義務が常に付きまとう、そんなプレッシャーの中に生きるのが三國翔吾で、マヤにとっての大切な人なのだ。
 
「……悪いことをしてしまった」
 
「今更だな。一体それはどれだけさかのぼって反省してるんだ?」
 
「つい昨日の、わたしの言動に対する反省だよ。他に反省することなんてないよ」
 
「お前の無駄にいい記憶力をフルに使って主に昨年の冬あたりまでさかのぼってみろ。『ない』なんざ絶体に言わせねえぞ」
 
……ここでそれを持ち出すか。
 
返答に詰まって逃げるように昼食を再開したけれど、凍牙はそれ以上は何も言ってこなかった。
 
 
 
 
移動教室のない、一日中同じクラスで座学の授業とは、けっこう疲れるものだ。
 
時間割がそんなのだから、マヤと話をする機会もなく放課後を迎えた。
 
6限目が終わるとマヤはカバンを持ってさっさと教室を出ようとする。
 
わたしのほうを見ようともしないのは、昨日のことを怒っているからだろう。
 
「マヤ、ちょっと待って」
 
廊下に出たマヤを呼び止める。振り向いたマヤは、不機嫌に口を結んでいた。
 
「なに?」
 
「少し時間がほしい。急いでいるなら連休明けでもいいけど」
 
「……ここでいいなら。手短にお願い」
 
許可が下りたので、ひとまず姿勢を正して向かい合う。
 
「三國翔吾って人のこと、知り合いから聞いた。それで、ごめん」
 
「…………え?」
 
おおっとさすがにこれは手短過ぎたか。
 
マヤが訳が分からないって顔をしている。困惑が怒りに代わる前にきちんと伝えなければ。
 
「えっとね、まずわたしが昨日の段階では三國翔吾についての知識が全くなかったことは信じてほしい。
それで今日、知り合いからいろいろ教えてもらったわけだけど。結論から言ってわたしは三國翔吾って人がどんな人で、なにをしていても正直全く興味がない。
だけど、それはわたしがってだけで、マヤにとっては違うと思うから」
 
わたしには昨日初めて名前を聞いた人でも、マヤにしてみれば三國翔吾は大切な幼馴染だ。
 
「マヤが大切に思ってる人がいるところ、皇龍だっけ。皇龍に属していることや幹部であること、すべてがマヤの彼氏の、そしてマヤの誇りなんだよね?」
 
だから知らないわたしに腹を立てて怒った。
 
皇龍という有名なチームの幹部という地位。
 
それらも含め、幼馴染の全てがマヤにとって大切なものだとしたら、わたしの昨日の言葉は軽率すぎた。
 
三国翔吾が有名な人なのかなんて先に聞かずに、素直に彼について自分は名前も知らないと伝えておけばよかったのだ。
 
「知らなかったとはいえ、マヤの誇りをわたしは傷つけた。だから、ごめん」
 
別に、仲直りがしたいから謝るんじゃない。
 
許してほしいからとかじゃなく、単にわたしに非があったことを伝えられたらそれでいい。
 
なんにせよわたしの話は終わった。
 
「それだけだから。時間を取らせてごめんね」
 
軽く頭を下げれば、マヤは動揺しながらも首を横に振る。
 
「……わたしこそ、急に怒って帰っちゃったりして……。
というよりも、本当に翔吾のこと知らなかったの? いまだに信じられないのだけど」
 
またそこに戻るのか。
 
「わたしがこの街に来たの、高校入ると同時だし。前情報は何もなかったから」
 
はっとしたマヤは、いたたまれない顔でしゅんとなった。
 
「わたしのほうこそごめんなさい。知っていて当たり前のような言い方して。結衣のこと全く知らないのに、わたしの事情ばかり押しつけてたのね」
 
「あ、そこはどうでもいいから」
 
「……わたし、時々結衣がなに考えてるのか分からなくなる」
 
大丈夫。それはいろんな人からよく言われるよ。
 
「誰もが知ってて常識としてある情報と、知ってほしくて自ら発信する情報じゃ、扱い方も変わってくる。
マヤの恋人さんのことは前者で、わたしのことは後者。
さらに言えばわたしは自分のことを知ってほしいと思ってなくて、情報の発信もしていない。
知らなくて当然なことで気に病む必要はないよ。マヤさえよければこの話は終わり」
 
わたしの事情なんて、マヤが気にする必要はないのだから。
 
ぽかんとしていたマヤは、やがて肩の力を抜いてくすりと笑う。
 
「前に言ったこと訂正するわ。結衣はやっぱり『普通』じゃない」
 
「知ってるし、よく言われる」
 
「翔吾のこと、もう怒ってないわ。
結衣はああ言ったけど、やっぱりわたしもちゃんと謝らせて。
結衣のことも考えずに、自分の感情ばかり押し付けてしまってごめんなさい」
 
軽く下げた頭をマヤが上げた時、目が合った。
 
照れ隠しに笑うマヤにつられて、いつの間にかわたしの頬も緩んでいた。
 
これは良好なほうに物事が進んだと思っていいのだろう。
 
問題がひとつ解決したところで、棘が取れたマヤにこれだけは聞いておこう。
 
「昨日さ、教室を出るときにそこのドアの下でうずくまってる人見なかった?」
 
「えっと……、ごめんなさい。あの時あまり周りが見えてなかったから、分からなかったわ」
 
「そう」
 
まあ、正面に立っていたわけでもないし、視界に入らなかったら気付かなくてもおかしくはないか。
 
「誰かいたの?」
 
「ひとりで勝手に笑い転げてる、ちょっとおかしな人が」
 
「えっ、大丈夫だったの? それ」
 
「何かされたわけじゃないから。それでさ、2年の先輩で黒髪の笑い上戸な男の人って、知り合いで誰かいない?」
 
「それは、ちょっと思い当たらないわね」
 
やはり情報が少なすぎるか。
 
三國翔吾の知り合いと見当をつけていたが、マヤとは繋がりのない人物なのかもしれない。
 
「ま、いいや。気にしないで」
 
「ものすごく気になるんだけど」
 
「他の男の人のこと考えてると、恋人さんが嫉妬するよ」
 
「人物像にモザイクがかかりすぎて、対象者が分からないから大丈夫よ」
 
どうやらマヤもかなり言う子のようだ。
 
 
「よう」
 
「あ」
 
マヤと打ち解とけているところ、わたしに声をかけたのは凍牙だった。
 
4月ももうすぐ終わりだけど、校内で凍牙を見るのは、実はこれが初めてだったりする。
 
「4組だったのか」
 
「そうだよ。凍牙は?」
 
「1組」
 
階段から一番離れた端のクラスだ。
 
「それは、遠いね」
 
「確かにだるいな、この距離は」
 
「ご愁傷さま。じゃあね」
 
「ああ」
 
ひらりと手を振って、凍牙は階段を下りて行った。
 
「結衣。今の水口くん、よね」
 
凍牙が見えなくなるまで黙っていたマヤが口を開いた。
 
「そうだけど、なにかあった?」
 
「……なにもないけど、仲がいいの?」
 
疑っているというよりは、意外過ぎるという顔つきだ。
 
「知り合いだね」
 
中学が同じというのは、凍牙をたどってわたしの昔を知られたくないから伏せておく。
 
こういうところで、わたしはずるい。
 
「あ、マヤの彼氏さんの情報教えてくれたのも凍牙だから。
彼氏さんのファンとかじゃない分、変に誇張された情報はわたしには入ってないから安心して」
 
こっちの言葉は聞こえているのかいないのか。マヤの視線は階段とわたしを何度も往復する。
 
「どうしたのさ?」
 
「……結衣って」
 
「うん?」
 
「やっぱりよく分からないわ」
 
 
どの点が「やっぱり」なのか。
 
わたしの何がよく分からないのか。
 
わたしには何もかも分からないよ、マヤさんや。
 
 
 
なにはともあれ、明日から大型連休が始まる。
 
 
 
 
続く

BACK  TOP  NEXT
 
Loadingこのページに「しおり」をはさむ