モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編上1‐3

1-3

 

 

ほんの2年前のことだ。記憶を遡って思い出すまでもない。
 
彼――水口凍牙とは、出身中学が同じで、2年の時に一時期席が隣同士だった。
 
常にひとりで行動していた凍牙と、気の合う仲間でつるんでいたわたしはそこまで親密な仲ではなかったけれど。
 
ひとつだけ特別な接点があるとすれば、わたしたちは授業のさぼり魔というカテゴリーで担任のブラックリストに載っていたくらいか。
 
いかに快適で、人目に付かないくつろげる場所を、当時のわたしは授業中に探していた。
 
まあそんな昔のことはいい。それよりもなぜ、今ここでこいつは、わたしの目の前で昼飯を食べているのだ。
 
「昼休み終わるぞ。この先行っても駐車場くらいしかないから、さっさとここで食ってしまえ」
 
わたしの心境など気にも留めず、ごく自然に凍牙はわたしに言った。
 
再開に驚いているのは自分だけという事実に納得がいかず、憮然としながらも平静を装おうために深く息を吐いて心を静める。焦ったら負けだ。
 
ひとまず先客のお許しが出たので、わたしは凍牙の横を通って階段を5段ほど登り、弁当を開いた。
 
「ここ、家から遠くない?」
 
この学校は中学の校区から大きな街二つは離れている。通学できない距離でもないが、凍牙がここまで遠くの高校に通う理由も見当たらない。
 
普通科で同じくらいの偏差値の高校なら、ここ以外にもあったはずだ。
 
あり得ていいはずのない再会に納得しきれないわたしに対し、凍牙はどうでもよさげに口を開く。
 
「うちは俺の中学卒業を期にこっちの街に引っ越すことが前から決まっていたからな。今の家からはこの高校が一番近い」
 
「……わたしがここを受験することは」
 
「受験会場で顔を見て知ったな。お前、ずっとうつむいててこっちに気付きもしねえの」
 
鼻で笑ってきやがった。
 
位置的にわたしのほうが見下ろしているはずなのに、見下されている気分だ。
 
地元を離れて、だれもわたしを、「高瀬結衣」を知らないところに来たつもりだったのに、想定外にも程がある。
 
笑えないぐらいに、珍妙極まりない縁を感じた。よりによって、ここにいるのはどうして凍牙なんだ。
 
弁当のふたを開けはしたが、食べる気にはなれない。
 
「……うわさ、知ってるよね」
 
「まぁな」
 
「その割には普通だね。最低な人間を軽蔑しないんだ」
 
自分で言っておいて悲しくなる。
 
あの時、そうなることを望んだのはわたしなのに。
 
ここでわざわざ話を持ち出しているのは、まぎれもないわたし自身だ。
 
短い時間でも心を許した人に拒絶されるのは堪える。だから、嫌なことはこの場でさっさと終わらせようと、わたしはなかば自棄になっていたのだろう。
 
凍牙はこちらにかまうことなく、昼ごはんであろうパンをかじって咀嚼して、飲み込んだ。
 
端正な横顔の、呆れをまとった目がわたしに向く。
 
「魔王の手先とまで言われた腹黒女のうわさをか?
うわさを武器にして学校中の世論を操った実績のある女のうわさなんざ、信じるほうがバカだろ」
 
「でも……、みんな信じたよ」
 
「大方そうなるようにお前が仕向けたんだろ。自分で招いて今更怖気づくなんざ、一番のバカはもしかしなくともお前だったか」
 
……図星をさされて反論できない。
 
こいつ、わたしのなけなしのプライドと自信を一刀両断してきやがった。
 
「俺がここまで言えるのは、部外者だからではあるんだろうな。渦中にいたやつと、第三者として見ていたやつじゃ視点が変わって当然だ」
 
「つまり、わたしの詰めが甘かったというわけか」
 
「お前の場合、それぐらいがちょうどいいんじゃないのか?」
 
なるほど。気付かされた反省点は、今後に生かす必要がありそうだな。
 
過信はいけない。ミスは素直に認めよう。
 
「次は――」
 
――あんたをちゃんと騙せるような立ち回りをする。と言いかけた口を閉じる。
それじゃあ以前と何も変われない。
 
「もういいよ。もう二度と、あんなことはしないから」
 
高校での目立つ行動は控えたい。
 
周囲に流されつつ無難に過ごすためには、わたしの特技を表に出してはいけないのだ。
 
「高校は、普通のいち生徒として過ごすつもりだし」
 
「普通のいち生徒はこんな辺鄙な場所にまでひとりで昼飯を食いには来ないけどな」
 
「言わないでよ。昼ぐらい静かなところで落ち着いて食べたいんだから」
 
弁当のご飯を口に運ぶ。慣れない弁当作りは失敗も多いけど、今日の白米はほんのり甘くておいしかった。
 
そこからどちらとも言葉を発することなく、やがて昼休み終了の予鈴が鳴った。
 
食べかけの弁当をしまって、わたしは立ち上がる。
 
教室からかなり離れた場所なので、急がないと5限目に間に合わない。
 
次は担任、吉澤先生の数学だ。
 
「行く」
 
「ああ」
 
凍牙はどうやら授業をさぼるつもりらしく、座り込んだままだ。
 
「人気のないところ探してんだったら、またここに来い」
 
去ろうとするわたしを、凍牙の声が止めた。
 
「教室から遠い分、放課後以外は人が来ない」
 
「それ、昔と逆だね」
 
中学では、わたしが先に見つけたさぼり場所を、後から来た凍牙と共有したのだ。
 
「貸し借りがチャラになってちょうどいいだろ」
 
何ともなしに言ってくる凍牙に、少しだけ肩の力を抜いた。
 
彼のことは、多少なりとも信用している。凍牙は中学のわたしを知っていたところで、誰彼かまわず面白おかしく吹聴するような男ではない。
 
そんな人が、ここにいていいのだと。そう言ってくれたことがどうしようもなく嬉しかった。
 
「また来る」
 
軽く手を挙げる凍牙にわたしも倣って返し、教室へと走り出した。
 
吉澤先生の授業で遅刻は嫌だ。
 
 
本鈴が鳴るぎりぎりに、なんとか教室にたどりついた。
 
すでにほとんどの生徒が席に座って待機している状態で、吉澤先生のこのクラスに対する影響力がうかがえた。
 
数学の教科書を出して前を向くとマヤが振り返ってわたしを見ていた。物言いたげな顔には気付かないふりをして、教科書に目を向ける。
 
ほどなく吉澤先生が教室に入り、5限目が開始された。
 
 
最後の授業、6限目が終わった。
 
今日はショートホームルームがないため、このまま放課後に突入する。
 
そんな中バイトの時間が迫っていたため、足早に帰ろうとしたわたしをクラスの女子が呼び止めた。
 
確か、名前は原田さんだったはず。
 
クラスで一番大きな女子グループの、常に中心にいる人だ。
 
「高瀬さん、今日ヒマ? 今からみんなでカラオケ行くんだけど」
 
付け睫毛のついたばっちりメイクの上目遣いで、首をかしげて聞いてきた。
 
あえて詳しく聞こうとはしないが、彼女の言う「みんな」には、きっとマヤは入っていない。
 
「ごめん。これからバイトなんだ」
 
「そうなんだぁ。じゃあ、バイト休みの日をまた教えて。あたし、高瀬さんとまだ全然しゃべってないし、いろんな話したいから」
 
そう言う原田さんに適当に返して、教室を出た。
 
いつもはわたしが帰る前に「ばいばい」だけ言って先に帰るマヤは、今日は自分の席に座ったままだった。
 
マヤは原田さんとしゃべるわたしを心配そうに見つめていて、遊びの誘いを断ったとき、どこかほっとしていた。
 
めんどくさい。というのがこの状況への一番の感想だ。
 
原田さんがカラオケと称してわたしになにを伝えたいのかは知らない。
 
ただ、それが誰に関することで、主に陰口や悪口と呼ばれるものだとは察している。
 
そして、わたしに接触しようとしている原田さんを、マヤがものすごく気にしている。
 
本人がなにも言わないので、こちらも突っ込んだことは聞くつもりもないけれど、何の因縁があるのかは知らないが、そういうことは当人同士でやってほしい。
 
わたしを中に挟むな。巻き込むな。
 
わたしは決して優しくない。
 
自分本位な人間だと自覚している。
 
だから、わたしは誰かにとって一方的に都合のいい人間になんてならないし、悪意に対して、無責任に共感なんてするわけがない。
 
 
 
 
 
 
続く

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